2006年11月21日

きつねに化かされたような思い

がしてたのですが,URL打ったら確かにあるから多分現実。いやいやいや。
帰省中に更新する予定なかったのになー; いやでもすごかった。いやこれからすごいのか。とりあえずすごい。

横浜で開かれてる図書館総合展の2日目に参加してきました。
毎年のことなので展示みてびっくりすることはあんまりないのですが,IRIの「理想の図書館」の発表は楽しめたし,国会のプレゼンではDB公開の先行情報が聞けたし(開始未定だけど),展示じゃDocomoのICタグ書架の管理画面が楽しめたし,土屋先生はあいかわらずエキセントリックだしで(ILLの傾向自体は中の人には既知であったが)なかなか面白かった。面白かったのだけれど,

総合展後のオフ会が衝撃的すぎて
なんか全部すっきり忘却の彼方に。

詳細は……いや多分話しちゃまずそうな話も聞いたのでそれは話さないけども,近いうちにしっかり公表されるはず。別にリンクはってもいいよとはおっしゃられてましたが,まあ自分みたいな端っこがすっぱ抜くのも悪いので,自重しておきます。
その他の情報交換も非常に有意義でした。特にはてな分館の方のネタに非常に有用な情報をいくつか。ゴシップもいくつか。もうけもうけ。

非常に有意義な時間を過ごせました。
幹事の方,参加者の皆さん,ほんとうにありがとうございましたー。


[追記 2006/11/22 2:25]

時は来た,そうですw
ではどうぞ。

Project Next-L

投稿者 Myrmecoleon : 23:40 | コメント (414) | トラックバック

2006年11月19日

「長門有希の100冊は図書館で揃うか?」調査・番外編2

# 過去の回は以下。

最近は仕事が忙しいわ関係ないことにかまけてるわでこちらの更新を怠っていますmyrmecoleonです。
仕事がゆるくなったら,と思っていますが,来年度まで無理そうな予感(死
むしろ分館の同人誌図書館こそ優先させたいのですが……。むー。

それはさておき,以前から図書館検索Bookmarkletのあたりで付き合いのあった natu_n さんのところで「長門有希の100冊」の福島県版調査をやってくださいました。

素晴らしい。
結果はこんな感じ(上記記事から引用)。

地域人口所蔵数所蔵率
福島市立29万人
79万冊
74.1%
郡山市立34万人
78万冊
56.9%
いわき市立35万人
48万冊
45.0%
会津若松市立13万人
30万冊
29.0%

やはり市立図書館間では蔵書規模に比例するような結果になるようですね。記事ではタイトル別の有無もありましたが,やはり県立などにあまり無かったタイトルはこちらでも少ない印象。いわき市立に『底抜け超大作』があるというのはちょっと驚いたけど。

ちなみにnatu_nさんの掲示板で提供しましたが,自分が調査に使ってるISBNリスト(正確にはちょっと修正してますが)を公開します。どーせ単なるリストなんで自由に使ってください。出所の明示等も不要です。その代わり,抜けや誤りがあったらご容赦を。

http://myrmecoleon.sytes.net/nagata_isbn.txt


来週は横浜の図書館総合展に行ってきます。たぶん帰ってくるまでこちらの更新はしないと思います。

投稿者 Myrmecoleon : 18:08 | コメント (1202) | トラックバック

2006年11月05日

第五回「長門有希の100冊は図書館で揃うか?」調査

# 過去の回は以下。

予告通り連休ぎりぎりで更新。第五回です。
今回のテーマは「蔵書冊数の少ない県立図書館」

以前にfuzzyさんが県主要図書館の長門本所蔵率の推定を出していました。

市内の図書館の蔵書: 15~30%程度
県の主要図書館の蔵書の合計: 35~70%程度
国立国会図書館の蔵書: 95%程度

国立国会図書館については95%程度と素晴らしい的中率(第一回参照)を示していましたが,その他についてはどうなのか,というのが今回のポイント。

「市内の図書館の蔵書」については第四回の結果や鈴木氏の調査が参考になるかもしれません。「市内」といっても,大阪市や横浜市であれば30%どころではない,おそらく中央図書館単独でも相当の所蔵率でしょう。そういう意味では,上限値はもっと上になります(まあ,横浜市などは「県の主要図書館」といっても遜色ない規模ですが;)。
具体的な数字をみるとすれば,鈴木氏の調査が参考になります。品川区内最大の品川図書館で7割弱,地区の分館で10~28冊読めるらしい。fuzzyさんのいう「市内の図書館」の数字は後者の数字とかなり合致しています。23区や政令指定都市の図書館は平均からすれば上にいく規模だと思われますし,地方の図書館についての予想としては妥当なところかもしれませんね。
おそらくある程度の地域差があるでしょう。それについては今後確認していかないといけないかな。

「県の主要図書館の蔵書の合計」については,第三回の大阪府立と第四回の大阪市立の結果をあわせて見てみれば歴然です。あきらかに90% 近くの利用できる都道府県が存在します。ただし,合計でなく,「都道府県立図書館の蔵書」として区切れば,上限については適当な数字と言えるかも知れない。
では,さて下限は? ということで今回の調査です。


今回は2006年4月時点でもっとも蔵書数の少なかった以下の県立図書館3館を調査しました。


山梨県立図書館 約45万冊
高知県立図書館 約48万冊
奈良県立図書情報館 約48万冊


ほとんどの県立図書館は60万~80万の間に入りますので,この3館は特に蔵書数の少ない部類ということが言えます。蔵書規模にして都立や大阪府立の1/4以下のこの3館,さてどの程度の所蔵率がみられるのでしょうか?


例のごとく調査方法の確認。といっても前回と同じですが。

手法についての苦労話をすると,困ったことに山梨県立図書館,ISBN検索ができない。似たようなインターフェイスでもISBN検索のできるところはあるので,たぶんバージョンが違うのでしょうね。
仕方ないので,今回はタイトル検索も自動化させるようにISBNのリスト&スクリプトを修正。もともと横断検索システムの構築の予備テストとしてやってたので,タイトル検索もできるようにしてたのが功を奏した。まだいくつか不具合もありますが,ISBNのリストを投げて複数館の所蔵を一括で出せるようになってきております。
横断検索を実装させるときは書誌情報をXMLで取り出せるようにでもすっぺかね。思った以上に館ごとのインターフェイスに違いがない(まあ同じ会社の商品)ので,Ajaxな全国図書館横断検索とか(技術的には)意外にいけそう。
しかしこういう調査をするときは,ISBNのリストをまとめて投げて結果を返せるようにした方がいいかも。CSVでISBNのリストなげると,各図書の所蔵情報をRSSで返す,とかにしようかなー。

まあ閑話休題。


結果。

タイトルほか山梨県立奈良県立高知県立
『ギリシア棺の謎』エラリー・クイーン(創元推理文庫)×××
『エンディミオン』ダン・シモンズ(ハヤカワ文庫SF)
『ウロボロスの偽書』竹本健治(講談社文庫)×××
『双頭の悪魔』有栖川有栖(創元推理文庫)
『魍魎の匣』京極夏彦(講談社文庫)
『ぬかるんでから』佐藤哲也(文藝春秋)×
『クレープを二度食えば。』とり・みき(筑摩書房)×××
『誰彼』法月綸太郎(講談社文庫)×××
『夏と冬の奏鳴曲』麻耶雄嵩(講談社文庫)×××
『猶予の月』神林長平(ハヤカワ文庫JA)×××
『世界SF全集12』R・A・ハインライン(早川書房)×
『バブリング創世記』筒井康隆(徳間文庫)××
『(完本)黒衣伝説』朝松健(早川書房)×××
『パスカルの鼻は長かった』小峰元(講談社文庫)×
『時間衝突』バリントン・J・ベイリー(創元推理文庫)××
『三つの棺』J・D・カー(ハヤカワ・ミステリ文庫)×××
『エイリアン妖山記』菊地秀行(ソノラマ文庫)×××
『順列都市』グレッグ・イーガン×××
『ターミナル・エクスペリメント』ロバート・J・ソウヤー(ハヤカワ文庫SF)×××
『復活祭のためのレクイエム』新井千裕(講談社文庫)××
『精神現象学』G・W・F・ヘーゲル(平凡社ライブラリー)×
『伯母殺し』リチャード・ハル(ハヤカワ・ミステリ文庫)×××
『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎(講談社現代新書)××
『赤い館の秘密』A・A・ミルン(創元推理文庫)××
『十角館の殺人』綾辻行人(講談社文庫)×××
『ヴィーナスの命題』真木武志(角川書店)××
『五百光年』草上仁(単行本未収録) - 「S-Fマガジン」1998年2月号×××
『暗号解読 ロゼッタストーンから量子暗号まで』サイモン・シン(新潮社)×
「デュマレスト・サーガ」シリーズ E・C・タブ(創元推理文庫)×××
『名探偵の掟』東野圭吾(講談社文庫)×
『有限と微小のパン』森博嗣(講談社文庫)×××
『魔術の歴史』エリファス・レヴィ(人文書院)×
『オイディプス症候群』笠井潔(光文社)××
『ダンス・ダンス・ダンス』村上春樹(講談社文庫)
『ジョーカー』清涼院流水(講談社文庫)×××
『抱朴子』葛洪(岩波書店)×
『殺人喜劇の13人』芦辺拓(講談社文庫)×××
『世界魔法大全(英国篇)4』ダイアン・フォーチュン(国書刊行会)××
『妄想自然科学入門』菊川涼音(メディアワークス)×××
『鋼鉄都市』アイザック・アシモフ(ハヤカワ文庫SF)××
『法の書』アレイスター・クロウリー(国書刊行会)×××
『イーリアス』ホメーロス(平凡社ライブラリー) *呉訳
『真ク・リトル・リトル神話大系』H・P・ラヴクラフト(国書刊行会)××
『僧正殺人事件』ヴァン・ダイン(創元推理文庫)××
『衣装戸棚の女』ピーター・アントニイ(創元推理文庫)×××
『殺意』フランシス・アイルズ(創元推理文庫)×××
『トンデモ本の世界』と学会(宝島社文庫)×
『ガダラの豚』中島らも(集英社文庫)×
『悪霊の館』二階堂黎人(講談社文庫)××
『知性化戦争』ディヴィッド・ブリン(ハヤカワ文庫SF)×××
『タウ・ゼロ』ポール・アンダースン(創元SF文庫)×××
『月に呼ばれて海より如来る』夢枕獏(徳間文庫)×××
『イメージシンボル辞典』アト・ド・フリース(大修館書店)
『椿姫を見ませんか』森雅裕(講談社文庫)×
『呪われし者の書』チャールズ・フォート :The Book of the Damned×××
『トリフィド時代 食人植物の恐怖』ジョン・ウィンダム(創元SF文庫)×××
『盗まれた街』ジャック・フィニィ(ハヤカワ文庫SF)×××
『デッドソルジャーズ・ライヴ』山田正紀(早川書房)×
『暗闇の中で子供 The Childish Darkness』舞城王太郎(講談社ノベルス)×××
『失われた時を求めて』マルセル・プルースト(集英社文庫)
『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー(新潮文庫)
『吉里吉里人』井上ひさし(新潮文庫)
『火星にて大地を想う』T・フロゥイング×××
『吸血鬼伝承「生ける死体」の民俗学』平賀英一郎(中公新書)×
『エイリアン刑事』大原まり子(ソノラマ文庫)×××
『落ち着かぬ赤毛』E・S・ガードナー(ハヤカワ・ミステリ文庫)××
『ブラウン神父の童心』G・K・チェスタトン(創元推理文庫)×××
『昭和歌謡大全集』村上龍(幻冬舎文庫)
『地球の長い午後』ブライアン・W・オールディス(ハヤカワ文庫SF)×××
『リングワールド』ラリィ・ニーヴン(ハヤカワ文庫SF)××
『エンダーのゲーム』オースン・スコット・カード(ハヤカワ文庫SF)×××
『たったひとつの冴えたやり方』ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア(ハヤカワ文庫SF)×××
『奇想、天を動かす』島田荘司(光文社文庫)×××
『最上階の殺人 Shinjusha Mystery』アントニイ・バークリー(新樹社)×××
『夢の樹が接げたなら』森岡浩之(ハヤカワ文庫JA)××
『スターダスト・シティ』笹本祐一(ソノラマ文庫)×××
『陸橋殺人事件』ロナルド・A・ノックス(創元推理文庫)×××
『金なら返せん!』大川豊(幻冬舎アウトロー文庫)×××
『海を見る人』小林泰三(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)××
『ホッグ連続殺人』ウィリアム・L・デアンドリア(ハヤカワ・ミステリ文庫)×××
『思考する物語 SFの原理・歴史・主題』森下一仁(東京創元社)×
『ドグラ・マグラ』夢野久作(角川文庫)×
『たそがれに還る』光瀬龍(ハルキ文庫)××
『ダーコーヴァ年代記』M・Z・ブラッドリー(創元推理文庫)××0.1
『――――』――×××
『少年エスパー戦隊』豊田有恒(てのり文庫(国土社))
『ECCENTRICS』吉野朔実(小学館文庫)
『太陽の簒奪者』野尻抱介(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)××
『悪魔の系譜』J・B・ラッセル(青土社)××
『底抜け超大作』映画秘宝編集部編(洋泉社)×××
『猫たちの聖夜』アキフ・ピリンチ(ハヤカワ文庫NV)
『虎よ、虎よ!』アルフレッド・ベスター(ハヤカワ文庫SF)××
『サード・コンタクト』小林一夫(ソノラマノベルス)×××
『五番目のサリー』ダニエル・キイス(ダニエル・キイス文庫)
『赤と黒』スタンダール(新潮文庫)××
『百舌の叫ぶ夜』逢坂剛(集英社文庫)×
『星を継ぐもの』J・P・ホーガン(創元SF文庫)×××
『できるかなリターンズ』西原理恵子(角川文庫)×××
『海がきこえる』氷室冴子(徳間文庫)××
『――』―×××
所蔵率24.0%35.0%34.0%

いや,前回の大阪市なんかのを見てるとギャップがすごいすごい。
奈良県立と高知県立は約35%,山梨県立にいたっては3割いかんのですね。品川区立でいえば地区館レベル。
まあ「ひどい」とは言っちゃいけないのだと思います。規模に比例した結果なのでしょうね。また前回の結果をみてもわかるとおり,県立図書館は比較的一般書・専門書よりの収集をしているため,小説類はやや苦手。少ない蔵書数でのカバーする図書の優先度を考えれば,これは仕方ない結果なのかもしれない。というか多分,都立や大阪府立と比べること自体が間違ってる;

まあでもこの結果から「県の主要図書館の蔵書」の下限は24%まで下がることが判明しました。県内の市立図書館なども含めればもう少し上にいくのでしょうが,地方図書館では必ずしも県立図書館はあてにできない,ということなのでしょうね。

ランキングを更新すると,こんな感じ。

  1. 国立国会図書館 95.0%
  2. 大阪市立図書館 91.9%
  3. 横浜市立図書館 91.0%
  4. 名古屋市立図書館 85.8%
  5. 大阪府立図書館 76.8%
  6. 東京都立図書館 70.1%
  7. 埼玉県立図書館 65.7%
  8. 奈良県立図書情報館 35.0%
  9. 高知県立図書館 34.0%
  10. 山梨県立図書館 24.0%


いつもは複数館で「もってない本」をあげてましたが,今回は数が多すぎるので「もってた本」の方で。三館すべてが所蔵していた本は以下の12冊。

『双頭の悪魔』
『魍魎の匣』
『ダンス・ダンス・ダンス』
『イーリアス』
『イメージシンボル辞典』
『失われた時を求めて』
『カラマーゾフの兄弟』
『吉里吉里人』
『昭和歌謡大全集』
『少年エスパー戦隊』
『猫たちの聖夜』
『五番目のサリー』

新本格ミステリに現代文学,あとは有名どころの海外文学。『少年エスパー戦隊』はちょっと意外。『猫たちの聖夜』はなんか人気。翻訳SFが皆無なのはいっそ清々しい。
ちなみに三巨頭(『ECCENTRICS』『クレープを二度食えば。』『底抜け超大作』)は例によって一冊も所蔵されてません。

あと,いままではほぼ100%と所蔵されていたタイトルでも欠けてるのがいくつか。『ギリシア棺の謎』とか『ウロボロスの偽書』とか。逆によくこれ持ってるなあ,というのは高知県の『落ち着かぬ赤毛』ぐらいか。全体的に,他館でもってないような本はやはりあまり持っていない。傾向としてはやっぱり海外SF弱いですね。

タイトルでいうと,なんで高知県立に『海がきこえる』の続編だけあるのかが気になったり。『海がきこえる』は各市立でもってるのでいらない,って判断でしょうか?


これまで調べてきた図書館の結果とあまりに違うので戸惑うけれど,おそらくは県立図書館ではこういった館の方が多いのだと思います(山梨県立はさすがに極端ですが;)。都立や大阪府立が特殊なのであって,多くの館はやはり40~50%ぐらいに留まるんじゃないだろうか。ここまでやってしまうと,全県調査もしてみたいかもしれないなー。

なお,繰り返しますが,別にこの結果をもって各図書館がダメダメだ,という気はありません。県立図書館の役割,地方館ゆえの規模の問題,そうしたことを考えれば,こんな偏ったリストで図書館の蔵書の質が判断できるわけではありません。府立や都立の結果を見た上で言えば,蔵書規模に応じた結果が出た,というべきなのでしょう。


ちなみに,高知県は現在新県立図書館構想をあげているところ。県立館としての役割を考えれば駅前図書館というのが微妙というのはtohruさんのいうとおりなんですが,知事さんも図書館に好意的であるようだし,これからの成長に期待できるのではないでしょうか。

奈良県立図書情報館は今年で開館一周年。現在は,松岡正剛氏らの構築した画期的なインターフェイスをもつゼネティックコンピュータを館内に設置するという興味深い試みを進めてます(。また,これについてのトークセッションが先日行われた)。
こうした試みが利用者の利便性に役立つかはわかりませんが,いろいろと模索するのは悪いことではない,と思います。

山梨県立も含めて(ここは残念ながらネタ見当たらず;)今後がんばってもらいたいですね。10年後に似たような調査をしたら,また違う結果が出るかもしれません。


さて,次回はどうしよう。地域別とかが面白そうかなー。

投稿者 Myrmecoleon : 22:32 | コメント (6) | トラックバック

2006年11月03日

「長門有希の100冊は図書館で揃うか?」調査・番外編

第四回を書いてる途中,ちょっとエゴサーチしてたら,品川区の長門本所蔵率を調査してるページがありました。

「長門有希の100冊」東京都品川区の図書館における蔵書数調査

調査してくださったのは鈴木舟太さん。以前紹介したAmazonでの長門本の入手難易度調査をされた方ですね。
五反田図書館の端末をぴこぴこ叩きながら検索されたそうです。一応,品川区立図書館はOPACを公開してるのでネットからも検索できないことはないのですが,中と外でレコードが違うこともたまにあるので,正確なところを知りたい場合はそちらの方が正しいです。何時間も占領して検索するのはちょっと恥ずかしい気がしますがw

分館毎の所蔵をチェックしてるのが素晴らしいですね。自分も本当はそこまでしなくちゃいけないと思いつつ,怠慢してました; こういう調査もしなきゃですねー。


調査結果を引用すると


・区全体:8割強(81冊)
・区立の中央図書館:7割弱(68冊)
・地域レベルの図書館:1~3割(10~28冊)


とのこと。区立図書館は政令指定都市立と同じく規模の大きいところが多いので,8割強という数字は第四回の結果に沿ってますね。
中央図書館で7割,地区の分館で1~3割という数字は面白い。また1割程度は中央図書館でなく分館にあるというのも興味深い。確かに,普通に図書館使っててもなぜか分館にしかない本,ってたまにあるんですよねえ。ほかの市立図書館等も,たぶん似たような数字になるんだろうな。何館かあたってみると面白いかもしれない。

ミステリ系は所蔵館が多く,SF・オカルトが少ないってのはよく感じる傾向ですね。
『猫たちの聖夜』がいちばん多くの館で所蔵してるとか,なぜか『ジョーカー』が一冊もないとかは面白いですねー。偶然の産物だとは思うんですけど。でも『ジョーカー』はそういえば大阪府立や埼玉県立にもなかった。何か入れづらい理由でもあるんだろうか。そういえば『有限と微小のパン』が品川図書館にないってのもどこかで見た現象だわ。講談社ミステリ系は避けられてるのか。それとも紛失でも多いのか。
『ECCENTRICS』『クレープを二度食えば』『底抜け超大作』あたりはやっぱりないですね。ほんと三巨頭だわ。逆に無くて「あれ?」と思うのは,『トンデモ本の世界』と『エンダーのゲーム』かな。このへんは自分の調査だとほとんどの館でも持ってたので。


「こういった調査が全国で行われれば、図書館で借りやすい本・借りにくい本の傾向が表れるのではないかと思います。」とのコメントがありますが,たとえお遊びでも,とあるリストにある本が日本のどの図書館でどの程度利用できるか,というのはなかなか興味深いですね。似たようにみられやすい県立と市立の性格の違いとか,中央館と分館の蔵書の様子とか,普段あまり意識されないことがはっきりする感じ。

ほんとご調査お疲れさまでしたー。

投稿者 Myrmecoleon : 23:08 | コメント (1446) | トラックバック

第四回「長門有希の100冊は図書館で揃うか?」調査

# 過去の回は以下。調査の趣旨,「長門有希の100冊」などについては第一回参照のこと。

えーと,気がついたら月が変わってました,すみませんorz
間を空けすぎて,そろそろ注目もされないだろうなー,と思いつつ,淡々と更新していきたいと思います。

というわけで,第四回。
今回は「蔵書冊数の多い市立図書館」にスポットをあててみます。

前回のコメントでizuruさんから「横浜市立とか大阪市立とかのがいいんじゃね?」(注:意訳)というアドバイスをいただきました。そこでちょっと確認してみようというのが今回の趣旨。

調査対象は,市区町村立図書館でもっとも蔵書冊数の多い以下の3館。

横浜市立図書館(約376万冊)
大阪市立図書館(約324万冊)
名古屋市図書館(約294万冊)

まあ,「市区町村立」といっても,トップクラスはいずれも政令指定都市の館なんですよね。今後は「人口何万人クラスの市区町村立」とかでクラス別に見てった方がいいかもしれないなあ。

ちなみに冊数でいうといずれも都立の約237万冊を越えてますが,市立では分館が非常に多いという事情があるため,純粋にタイトル数でいえば都立などの方が多いはずです(今回の調査中も,数館で所蔵しているタイトルが多数ありました)。この点があるため,市立図書館の長門本所蔵率はやはり都立や大阪府立と同じか下ぐらいかな,と以前は思っていたのですが,izuruさんの調査によると,横浜市立・大阪市立の両館で,前回・前々回で調査した三館で所蔵してない本を所蔵してるとのこと。こうなるともっと上が狙えるんじゃないかと欲が出てきてしまいます。

さてさて,どう化けることやら。


恒例の調査方法の確認。
基準はやはり前回と同じ。版型違いも許容。翻訳本については訳者が同じならOK。今回は調査する三館のみのリストをあげておきます。

ちなみに具体的な方法ですが,前回までの調査過程で版型違いまで含んだISBNリストを作ってあるので,スクリプトを書いてこれを各館のOPACとマッチング,一致したら○,一致しなかったら書名や著者名で検索して,見つかったら○,見つからなかったら×,という形で処理しております。
今回,POST方式のみOKというOPACがあったので難儀しました(解決したので今後はOK)。あと大阪市立の重いこと重いこと; 複数館を同時にやってもたいしたボトルネックにはならないのですが,重い館が一つでもあると面倒ですね。


さて,では結果発表。

タイトルほか横浜市立大阪市立名古屋市立
『ギリシア棺の謎』エラリー・クイーン(創元推理文庫)
『エンディミオン』ダン・シモンズ(ハヤカワ文庫SF)
『ウロボロスの偽書』竹本健治(講談社文庫)
『双頭の悪魔』有栖川有栖(創元推理文庫)
『魍魎の匣』京極夏彦(講談社文庫)
『ぬかるんでから』佐藤哲也(文藝春秋)
『クレープを二度食えば。』とり・みき(筑摩書房)×××
『誰彼』法月綸太郎(講談社文庫)
『夏と冬の奏鳴曲』麻耶雄嵩(講談社文庫)
『猶予の月』神林長平(ハヤカワ文庫JA)
『世界SF全集12』R・A・ハインライン(早川書房)
『バブリング創世記』筒井康隆(徳間文庫)
『(完本)黒衣伝説』朝松健(早川書房)
『パスカルの鼻は長かった』小峰元(講談社文庫)
『時間衝突』バリントン・J・ベイリー(創元推理文庫)
『三つの棺』J・D・カー(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『エイリアン妖山記』菊地秀行(ソノラマ文庫)
『順列都市』グレッグ・イーガン
『ターミナル・エクスペリメント』ロバート・J・ソウヤー(ハヤカワ文庫SF)
『復活祭のためのレクイエム』新井千裕(講談社文庫)
『精神現象学』G・W・F・ヘーゲル(平凡社ライブラリー)×
『伯母殺し』リチャード・ハル(ハヤカワ・ミステリ文庫)×
『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎(講談社現代新書)
『赤い館の秘密』A・A・ミルン(創元推理文庫)
『十角館の殺人』綾辻行人(講談社文庫)
『ヴィーナスの命題』真木武志(角川書店)
『五百光年』草上仁(単行本未収録) - 「S-Fマガジン」1998年2月号×
『暗号解読 ロゼッタストーンから量子暗号まで』サイモン・シン(新潮社)
「デュマレスト・サーガ」シリーズ E・C・タブ(創元推理文庫)0.90.9
『名探偵の掟』東野圭吾(講談社文庫)
『有限と微小のパン』森博嗣(講談社文庫)
『魔術の歴史』エリファス・レヴィ(人文書院)×
『オイディプス症候群』笠井潔(光文社)
『ダンス・ダンス・ダンス』村上春樹(講談社文庫)
『ジョーカー』清涼院流水(講談社文庫)
『抱朴子』葛洪(岩波書店)××
『殺人喜劇の13人』芦辺拓(講談社文庫)
『世界魔法大全(英国篇)4』ダイアン・フォーチュン(国書刊行会)
『妄想自然科学入門』菊川涼音(メディアワークス)×
『鋼鉄都市』アイザック・アシモフ(ハヤカワ文庫SF)
『法の書』アレイスター・クロウリー(国書刊行会)×
『イーリアス』ホメーロス(平凡社ライブラリー) *呉訳×
『真ク・リトル・リトル神話大系』H・P・ラヴクラフト(国書刊行会)
『僧正殺人事件』ヴァン・ダイン(創元推理文庫)
『衣装戸棚の女』ピーター・アントニイ(創元推理文庫)
『殺意』フランシス・アイルズ(創元推理文庫)
『トンデモ本の世界』と学会(宝島社文庫)
『ガダラの豚』中島らも(集英社文庫)
『悪霊の館』二階堂黎人(講談社文庫)
『知性化戦争』ディヴィッド・ブリン(ハヤカワ文庫SF)
『タウ・ゼロ』ポール・アンダースン(創元SF文庫)
『月に呼ばれて海より如来る』夢枕獏(徳間文庫)
『イメージシンボル辞典』アト・ド・フリース(大修館書店)
『椿姫を見ませんか』森雅裕(講談社文庫)
『呪われし者の書』チャールズ・フォート :The Book of the Damned×××
『トリフィド時代 食人植物の恐怖』ジョン・ウィンダム(創元SF文庫)
『盗まれた街』ジャック・フィニィ(ハヤカワ文庫SF)
『デッドソルジャーズ・ライヴ』山田正紀(早川書房)
『暗闇の中で子供 The Childish Darkness』舞城王太郎(講談社ノベルス)
『失われた時を求めて』マルセル・プルースト(集英社文庫)
『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー(新潮文庫)
『吉里吉里人』井上ひさし(新潮文庫)
『火星にて大地を想う』T・フロゥイング×××
『吸血鬼伝承「生ける死体」の民俗学』平賀英一郎(中公新書)
『エイリアン刑事』大原まり子(ソノラマ文庫)
『落ち着かぬ赤毛』E・S・ガードナー(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『ブラウン神父の童心』G・K・チェスタトン(創元推理文庫)
『昭和歌謡大全集』村上龍(幻冬舎文庫)
『地球の長い午後』ブライアン・W・オールディス(ハヤカワ文庫SF)
『リングワールド』ラリィ・ニーヴン(ハヤカワ文庫SF)
『エンダーのゲーム』オースン・スコット・カード(ハヤカワ文庫SF)
『たったひとつの冴えたやり方』ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア(ハヤカワ文庫SF)
『奇想、天を動かす』島田荘司(光文社文庫)
『最上階の殺人 Shinjusha Mystery』アントニイ・バークリー(新樹社)
『夢の樹が接げたなら』森岡浩之(ハヤカワ文庫JA)
『スターダスト・シティ』笹本祐一(ソノラマ文庫)0.5
『陸橋殺人事件』ロナルド・A・ノックス(創元推理文庫)
『金なら返せん!』大川豊(幻冬舎アウトロー文庫)0.5
『海を見る人』小林泰三(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
『ホッグ連続殺人』ウィリアム・L・デアンドリア(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『思考する物語 SFの原理・歴史・主題』森下一仁(東京創元社)×
『ドグラ・マグラ』夢野久作(角川文庫)
『たそがれに還る』光瀬龍(ハルキ文庫)
『ダーコーヴァ年代記』M・Z・ブラッドリー(創元推理文庫)0.9 0.9
『――――』――×××
『少年エスパー戦隊』豊田有恒(てのり文庫(国土社))
『ECCENTRICS』吉野朔実(小学館文庫)×××
『太陽の簒奪者』野尻抱介(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
『悪魔の系譜』J・B・ラッセル(青土社)
『底抜け超大作』映画秘宝編集部編(洋泉社)××
『猫たちの聖夜』アキフ・ピリンチ(ハヤカワ文庫NV)
『虎よ、虎よ!』アルフレッド・ベスター(ハヤカワ文庫SF)
『サード・コンタクト』小林一夫(ソノラマノベルス)
『五番目のサリー』ダニエル・キイス(ダニエル・キイス文庫)
『赤と黒』スタンダール(新潮文庫)
『百舌の叫ぶ夜』逢坂剛(集英社文庫)
『星を継ぐもの』J・P・ホーガン(創元SF文庫)
『できるかなリターンズ』西原理恵子(角川文庫)
『海がきこえる』氷室冴子(徳間文庫)
『――』―×××
所蔵率91.0%91.9%85.8%

えーと……izuruさんすごい(何
都立や大阪府立なんて目じゃなかったです。なんですかこの怪物っぷりは。
横浜市立と大阪市立はあっさり9割越え,名古屋ですら8割クラスですか;
分館が多いので一つの館でこれだけ読めるわけじゃないのでしょうけれど,国会図書館で95%なのを考えるとこの数字はすごい。逆にいえば,都立や県立はやはり小説類は苦手,ってことなんでしょうね。

個別のタイトルでいうと,デュマレストサーガやダーコーヴァ年代記の揃いっぷりに燃えました(横浜市はともにコンプリート,大阪市や名古屋市も少し足りないだけでほぼ揃ってます)。
あとなぜか名古屋市立に『金なら返せん!』のシリーズがまるまるあったこと。ぴあ版では「天の巻」「地の巻」のほかに「人の巻」「ビックバン」「金メダル」があるらしい。恐ろしいことに名古屋市立ではそれが揃ってる; 横浜・大阪に劣らぬ恐ろしさを秘めていることが実感できます。でも雑誌の巻号検索は欲しいです(名古屋市立,雑誌の所蔵巻がちゃんと表示されておらず,SFマガジンをとっているのはわかったのですが[欠号:多]とのことであると断言することができず,今回の調査では×扱いになっています)。

ちなみにこれらの館で共通で読めないタイトルをみてみると,入手不可能4タイトルを除けば,

『クレープを二度食えば。』
『ECCENTRICS』

の二点があがります。やはり漫画は難しい様子。
また二館でもってないのだと,

『抱朴子』(石島快隆訳)
『底抜け超大作』

の二点。後者についてはizuruさんのコメントにありますが,横浜市は総合目録ネットワーク(公共図書館版Webcat。複数館の所蔵をまとめて検索可)では所蔵してるのにOPACにはなし。今回はなしとして扱ってます。『抱朴子』がないのは意外でしたね。

逆に前回あげた未所蔵5タイトル中,『暗闇の中で子供 The Childish Darkness』と『できるかなリターンズ』は三館とも持っていました。スターダスト・シティは横浜市がなぜか1巻だけもってない。残り二点は上記のとおりですね。
こういうのを見ると,やはり県立図書館向きなタイトルと市立図書館向きなタイトルというのはあるんだなあ,と実感します。

ちなみに大阪府立には大阪市立で持ってない『クレープを二度食えば。』『法の書』『抱朴子』の三冊があるので,このコンビだと国会にタメはれます(ぁ こうやって補いあえるところは強いですね。


ここまで調べた中で,国会以外でもってなかったタイトルとしては唯一『ECCENTRICS』があがります。次にないのが『底抜け超大作』と『クレープを二度食えば。』。ジャンルから言っても,この三タイトルは図書館での「穴」のようですね。それでも後者二点は持っている館のあるのが素晴らしい。つーか大阪すごい。


現在の長門本所蔵率をまとめると,こんな感じ。

  1. 国立国会図書館 95.0%
  2. 大阪市立図書館 91.9%
  3. 横浜市立図書館 91.0%
  4. 名古屋市立図書館 85.8%
  5. 大阪府立図書館 76.8%↓
  6. 東京都立図書館 70.1%↓
  7. 埼玉県立図書館 65.7%↓

国会1位は不動でしょうが,今回ので一気にランキングが変わりました。ほかの政令指定都市立の図書館もかなりいけそうですね。


今回かなり間があいてしまったので,次回はもうちょい早めにやる予定。早ければ連休中にあげます。
お題としては,

  • 大学図書館編(東大とか)
  • 小規模県立図書館編(県立図書館での所蔵率の“幅”を推定)
  • 市町村立図書館編その2(名古屋に次ぐ規模の,さいたま市・札幌市など)
  • 地域別編(現在までにあがってない,東北・中国・九州地区の図書館)

あたりのどれかを考え中。あと,近年の蔵書冊数増加が異常な岡山県立とかも気になってたり(年間受入冊数8万とか……ありえん)。最近の本が多いというのがよく働くのか悪く働くのか興味深い。

投稿者 Myrmecoleon : 22:49 | コメント (1370) | トラックバック

2006年10月19日

第三回「長門有希の100冊は図書館で揃うか?」調査

ブログ5000カウンタいくまでに半年以上かかったのに,何でたった4日で10000超えてるんでしょうか;

CAXさんに捕捉されたのが大きかったのだろうか。ありがたいかぎりでございます。


はてブではMIZUKIさん(id:waterperiod さんね)から「馬鹿!」とのお褒めの言葉をいただく。あと,fuzzyさんの的中率に驚く(国会なんてまんまじゃないすか;)。

おかげで仕事が忙しいのに無理やりUPすることに決めました。もっと馬鹿と呼んで下さい(マテ


そういうわけで第3回です。第1回はこちら。第2回はこちら。


前々回は日本最大の国立国会図書館,前回は公共図書館のトップ・東京都立図書館を調査しました。予定では次は大学図書館系で東大あたりいこうかと思っていたのだけれど,ちょっと方向転換。
前回,都立で70.1%という所蔵率を見て,自分は「少ない」と思ったのだけれど,MIZUKIさんはむしろ「多い」という。fuzzyさんの推定では(合計で)「35~70%程度」。んじゃ実際のところどうなんだろ,と思ったわけ。


そういうわけで今回は,都立につぐ規模をもつ都道府県立図書館を調査してみることにしました。それも今回は二館。
関西の雄,大阪府立図書館(約215万冊)。そして第三位の埼玉県立図書館(約137万冊)をチェック。

(ある程度自動化してるので,実はまとめてやった方がラクだったりします)


基準等は前回と同じ。なお,備考までちゃんと記入してると手間なたので,今回のリストは,全巻読めれば○,まるっきり読めない場合は×とし,一部のみ読める場合は前回同様小数で表示してます。あとおまけで前回までのリストも同様の形式で並べてみました。
結果はだいたい以下の通り。


タイトルほか国会図書館都立大阪府立埼玉県立
『ギリシア棺の謎』エラリー・クイーン(創元推理文庫)
『エンディミオン』ダン・シモンズ(ハヤカワ文庫SF)×
『ウロボロスの偽書』竹本健治(講談社文庫)
『双頭の悪魔』有栖川有栖(創元推理文庫)
『魍魎の匣』京極夏彦(講談社文庫)×
『ぬかるんでから』佐藤哲也(文藝春秋)×
『クレープを二度食えば。』とり・みき(筑摩書房)××
『誰彼』法月綸太郎(講談社文庫)×
『夏と冬の奏鳴曲』麻耶雄嵩(講談社文庫)××
『猶予の月』神林長平(ハヤカワ文庫JA)
『世界SF全集12』R・A・ハインライン(早川書房)
『バブリング創世記』筒井康隆(徳間文庫)
『(完本)黒衣伝説』朝松健(早川書房)××
『パスカルの鼻は長かった』小峰元(講談社文庫)
『時間衝突』バリントン・J・ベイリー(創元推理文庫)×
『三つの棺』J・D・カー(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『エイリアン妖山記』菊地秀行(ソノラマ文庫)××
『順列都市』グレッグ・イーガン×
『ターミナル・エクスペリメント』ロバート・J・ソウヤー(ハヤカワ文庫SF)×
『復活祭のためのレクイエム』新井千裕(講談社文庫)
『精神現象学』G・W・F・ヘーゲル(平凡社ライブラリー)
『伯母殺し』リチャード・ハル(ハヤカワ・ミステリ文庫)××
『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎(講談社現代新書)
『赤い館の秘密』A・A・ミルン(創元推理文庫)
『十角館の殺人』綾辻行人(講談社文庫)××
『ヴィーナスの命題』真木武志(角川書店)×
『五百光年』草上仁(単行本未収録) - 「S-Fマガジン」1998年2月号
『暗号解読 ロゼッタストーンから量子暗号まで』サイモン・シン(新潮社)
「デュマレスト・サーガ」シリーズ E・C・タブ(創元推理文庫)×0.9 0.1
『名探偵の掟』東野圭吾(講談社文庫)×
『有限と微小のパン』森博嗣(講談社文庫)××
『魔術の歴史』エリファス・レヴィ(人文書院)
『オイディプス症候群』笠井潔(光文社)
『ダンス・ダンス・ダンス』村上春樹(講談社文庫)
『ジョーカー』清涼院流水(講談社文庫)××
『抱朴子』葛洪(岩波書店)
『殺人喜劇の13人』芦辺拓(講談社文庫)
『世界魔法大全(英国篇)4』ダイアン・フォーチュン(国書刊行会)
『妄想自然科学入門』菊川涼音(メディアワークス)××
『鋼鉄都市』アイザック・アシモフ(ハヤカワ文庫SF)
『法の書』アレイスター・クロウリー(国書刊行会)
『イーリアス』ホメーロス(平凡社ライブラリー) *呉訳
『真ク・リトル・リトル神話大系』H・P・ラヴクラフト(国書刊行会)
『僧正殺人事件』ヴァン・ダイン(創元推理文庫)
『衣装戸棚の女』ピーター・アントニイ(創元推理文庫)×
『殺意』フランシス・アイルズ(創元推理文庫)
『トンデモ本の世界』と学会(宝島社文庫)
『ガダラの豚』中島らも(集英社文庫)
『悪霊の館』二階堂黎人(講談社文庫)×
『知性化戦争』ディヴィッド・ブリン(ハヤカワ文庫SF)××
『タウ・ゼロ』ポール・アンダースン(創元SF文庫)
『月に呼ばれて海より如来る』夢枕獏(徳間文庫)×
『イメージシンボル辞典』アト・ド・フリース(大修館書店)
『椿姫を見ませんか』森雅裕(講談社文庫)×
『呪われし者の書』チャールズ・フォート :The Book of the Damned××××
『トリフィド時代 食人植物の恐怖』ジョン・ウィンダム(創元SF文庫)
『盗まれた街』ジャック・フィニィ(ハヤカワ文庫SF)××
『デッドソルジャーズ・ライヴ』山田正紀(早川書房)×
『暗闇の中で子供 The Childish Darkness』舞城王太郎(講談社ノベルス)×××
『失われた時を求めて』マルセル・プルースト(集英社文庫)
『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー(新潮文庫)
『吉里吉里人』井上ひさし(新潮文庫)
『火星にて大地を想う』T・フロゥイング××××
『吸血鬼伝承「生ける死体」の民俗学』平賀英一郎(中公新書)
『エイリアン刑事』大原まり子(ソノラマ文庫)×
『落ち着かぬ赤毛』E・S・ガードナー(ハヤカワ・ミステリ文庫)××
『ブラウン神父の童心』G・K・チェスタトン(創元推理文庫)
『昭和歌謡大全集』村上龍(幻冬舎文庫)
『地球の長い午後』ブライアン・W・オールディス(ハヤカワ文庫SF)×
『リングワールド』ラリィ・ニーヴン(ハヤカワ文庫SF)×
『エンダーのゲーム』オースン・スコット・カード(ハヤカワ文庫SF)
『たったひとつの冴えたやり方』ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア(ハヤカワ文庫SF)××
『奇想、天を動かす』島田荘司(光文社文庫)××
『最上階の殺人 Shinjusha Mystery』アントニイ・バークリー(新樹社)×
『夢の樹が接げたなら』森岡浩之(ハヤカワ文庫JA)
『スターダスト・シティ』笹本祐一(ソノラマ文庫)×××
『陸橋殺人事件』ロナルド・A・ノックス(創元推理文庫)××
『金なら返せん!』大川豊(幻冬舎アウトロー文庫)0.5××0.5
『海を見る人』小林泰三(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)×
『ホッグ連続殺人』ウィリアム・L・デアンドリア(ハヤカワ・ミステリ文庫)×
『思考する物語 SFの原理・歴史・主題』森下一仁(東京創元社)
『ドグラ・マグラ』夢野久作(角川文庫)
『たそがれに還る』光瀬龍(ハルキ文庫)
『ダーコーヴァ年代記』M・Z・ブラッドリー(創元推理文庫)0.1 0.8 0.1
『――――』――××××
『少年エスパー戦隊』豊田有恒(てのり文庫(国土社))
『ECCENTRICS』吉野朔実(小学館文庫)×××
『太陽の簒奪者』野尻抱介(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)×
『悪魔の系譜』J・B・ラッセル(青土社)
『底抜け超大作』映画秘宝編集部編(洋泉社)×××
『猫たちの聖夜』アキフ・ピリンチ(ハヤカワ文庫NV)
『虎よ、虎よ!』アルフレッド・ベスター(ハヤカワ文庫SF)
『サード・コンタクト』小林一夫(ソノラマノベルス)××
『五番目のサリー』ダニエル・キイス(ダニエル・キイス文庫)
『赤と黒』スタンダール(新潮文庫)0.5
『百舌の叫ぶ夜』逢坂剛(集英社文庫)
『星を継ぐもの』J・P・ホーガン(創元SF文庫)×
『できるかなリターンズ』西原理恵子(角川文庫)×××
『海がきこえる』氷室冴子(徳間文庫)
『――』―××××
所蔵率95.0%70.1%76.8%65.7%

なんと大阪府立,都立に勝っちまいやがりましたw ここはけっこう小説類をきっちり揃えてるみたい。あと単行本をもってても文庫版を買う傾向があり,同一のタイトルが複数ある場合が多かったです。埼玉県立も都立のほぼ半分近いという蔵書数(都立は約240万)でありながら,ここまで食いついてきたのは立派。というか,都立はあまり小説類は重視してないのかもしれませんね。

調べてて面白かったのは「デュマレスト・サーガ」シリーズ。都立ではまるで持っていなかったこれを,大阪府立は31冊中30冊(新版がある分は,新旧両方)を揃えてるという脅威の品揃えでした。しかしどういうわけか最終巻「最後の惑星ラニアン」だけなぜか所蔵してない。
一方,埼玉県立では31冊中3冊しか所蔵してないのだけれど,ちょうど大阪府立で持ってない「最後の惑星ラニアン」がこのうちの一冊であったりする。不思議な因果。

ちなみに実在しない3冊,および邦訳のない1冊を除くと,都立・大阪府立・埼玉県立の3館で共通してもってない本は以下の5点でした。

『暗闇の中で子供 The Childish Darkness』舞城王太郎
『スターダスト・シティ』笹本祐一
『底抜け超大作』映画秘宝編集部編
『ECCENTRICS』吉野朔実
『できるかなリターンズ』西原理恵子

下の漫画2点がないのはまだわかるとして,残りをどこも持ってないのはちょっと妙かも。まあ人気あるところを意外に持ってなかったりもするしなあ。森博嗣とか綾辻行人とか。
ちなみに,3館まとめてで考えると所蔵率は91%まで上がります。分散収集のパワーを見た感じですね。


ではまた次回。今度は蔵書冊数の少ない県立あたりを見てみたいかも。

投稿者 Myrmecoleon : 00:03 | コメント (617) | トラックバック

2006年10月14日

第二回「長門有希の100冊は図書館で揃うか?」調査

第2回です。前回はこちら。

今回のターゲットは,日本の公共図書館中ナンバーワンの蔵書量を誇る

東京都立図書館

です。

ちなみに単純に蔵書量で考えるなら大学図書館などの方がはるかに多いのですが(都立は3館合計で200万クラスなのにたいして東大は800万クラス。ほかにも200万オーバーがごろごろしてる)組織の性格上,小説類はあまり受入れにくいというのがあります。「100冊」の大半がSFやミステリ関係の小説であることを考えると,国会につぐ成績を期待できるのはやはり公共図書館,その中でも一番大きな都立,ということでターゲットにいたしました。

なお,都立図書館は中央図書館・日比谷図書館・多摩図書館の三館に分かれますが,今回はその区別はせずに全館あわせてで「100冊」中何冊が読めるか,を調査しています。一館で何冊,というのとは少し違うと思いますがご了承ください。
(要望あれば,一館単位での数も出せますけどねー)


では改めて基準の確認。

リストはCAX氏の「長門有希の100冊」のページを使用。これらと同一の本を探すのが基本。
ただしこの条件では国会図書館以外がずたぼろになるおそれが大きいので,ほぼ同一のテキストをもっていると思われる本については別版でも可とします。具体的には,同じ本の旧版であるとか,以前に出た新書版であるとか。
なお,この基準だと前回あった『金なら払えん!』が救済されて国会の所蔵率が95.5%にあがりますが,国会は例外扱いとします。

また洋書の邦訳については,訳者が同じと確認できれば可とします。訳者が異なる場合はNG。

上下巻,シリーズなどで複数巻あるものについては,国内既刊分の全冊が揃って「1冊」という計算。欠けのある場合は刊行の冊数中何割を所蔵しているかでとり,小数として計算。

あと対象とする「図書館」は,基本的には建物としての館ではなく,同名の一組織として計算します。このため,分館などがある場合は,それらを含めた蔵書を確認します。一箇所で読める冊数ということではなく,ひとつの図書館が管理している冊数ということになるので注意してください。


ちなみに今回の作業は,都立のOPACがセッション管理せずに直接叩けるので,ISBNが一致するものに関してはスクリプト書いてまとめてチェックしました。サーバに負担かけると悪いので一度に10冊ずつにしましたが……途中でサーバ止まってたなあ; 定期のものだといいんだが。


んでは調査結果。

タイトルほか所蔵冊数/刊行冊数備考
『ギリシア棺の謎』エラリー・クイーン(創元推理文庫)1/1タイトル「ギリシャ棺の謎」
『エンディミオン』ダン・シモンズ(ハヤカワ文庫SF)2/2*単行本
『ウロボロスの偽書』竹本健治(講談社文庫)2/2*新書版,単行本
『双頭の悪魔』有栖川有栖(創元推理文庫)1/1*単行本
『魍魎の匣』京極夏彦(講談社文庫)1/1*新書版
『ぬかるんでから』佐藤哲也(文藝春秋)1/1
『クレープを二度食えば。』とり・みき(筑摩書房)0/1
『誰彼』法月綸太郎(講談社文庫)1/1*新書版
『夏と冬の奏鳴曲』麻耶雄嵩(講談社文庫)1/1*新書版
『猶予の月』神林長平(ハヤカワ文庫JA)2/2*単行本
『世界SF全集12』R・A・ハインライン(早川書房)1/1ISBNなし
『バブリング創世記』筒井康隆(徳間文庫)1/1*単行本
『(完本)黒衣伝説』朝松健(早川書房)0/1
『パスカルの鼻は長かった』小峰元(講談社文庫)1/1*単行本
『時間衝突』バリントン・J・ベイリー(創元推理文庫)0/1
『三つの棺』J・D・カー(ハヤカワ・ミステリ文庫)1/1*単行本
『エイリアン妖山記』菊地秀行(ソノラマ文庫)0/1
『順列都市』グレッグ・イーガン2/2
『ターミナル・エクスペリメント』ロバート・J・ソウヤー(ハヤカワ文庫SF)1/1
『復活祭のためのレクイエム』新井千裕(講談社文庫)1/1*単行本
『精神現象学』G・W・F・ヘーゲル(平凡社ライブラリー)2/2
『伯母殺し』リチャード・ハル(ハヤカワ・ミステリ文庫)1/1*単行本
『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎(講談社現代新書)1/1
『赤い館の秘密』A・A・ミルン(創元推理文庫)1/1*単行本
『十角館の殺人』綾辻行人(講談社文庫)0/1
『ヴィーナスの命題』真木武志(角川書店)1/1
『五百光年』草上仁(単行本未収録) - 「S-Fマガジン」1998年2月号1/1
『暗号解読 ロゼッタストーンから量子暗号まで』サイモン・シン(新潮社)1/1
「デュマレスト・サーガ」シリーズ E・C・タブ(創元推理文庫)0/31
『名探偵の掟』東野圭吾(講談社文庫)1/1*単行本
『有限と微小のパン』森博嗣(講談社文庫)0/1
『魔術の歴史』エリファス・レヴィ(人文書院)1/1
『オイディプス症候群』笠井潔(光文社)1/1
『ダンス・ダンス・ダンス』村上春樹(講談社文庫)2/2*単行本
『ジョーカー』清涼院流水(講談社文庫)2/2
『抱朴子』葛洪(岩波書店)1/1ISBNなし
『殺人喜劇の13人』芦辺拓(講談社文庫)1/1*単行本(東京創元社版)
『世界魔法大全(英国篇)4』ダイアン・フォーチュン(国書刊行会)1/1ISBNなし
『妄想自然科学入門』菊川涼音(メディアワークス)0/1
『鋼鉄都市』アイザック・アシモフ(ハヤカワ文庫SF)1/1*単行本
『法の書』アレイスター・クロウリー(国書刊行会)1/1ISBNなし
『イーリアス』ホメーロス(平凡社ライブラリー)2/2*岩波版あり(訳者同じ)
『真ク・リトル・リトル神話大系』H・P・ラヴクラフト(国書刊行会)11/11ISBNなし
『僧正殺人事件』ヴァン・ダイン(創元推理文庫)1/1*単行本
『衣装戸棚の女』ピーター・アントニイ(創元推理文庫)0/1
『殺意』フランシス・アイルズ(創元推理文庫)1/1
『トンデモ本の世界』と学会(宝島社文庫)1/1*単行本
『ガダラの豚』中島らも(集英社文庫)3/3*単行本(実業之日本社)
『悪霊の館』二階堂黎人(講談社文庫)1/1*単行本(立風書房)
『知性化戦争』ディヴィッド・ブリン(ハヤカワ文庫SF)0/2
『タウ・ゼロ』ポール・アンダースン(創元SF文庫)1/1
『月に呼ばれて海より如来る』夢枕獏(徳間文庫)1/1*単行本(広済堂出版)
『イメージシンボル辞典』アト・ド・フリース(大修館書店)1/1
『椿姫を見ませんか』森雅裕(講談社文庫)1/1*単行本
『呪われし者の書』チャールズ・フォート :The Book of the Damned0/1未邦訳。原書も所蔵なし。
『トリフィド時代 食人植物の恐怖』ジョン・ウィンダム(創元SF文庫)1/1ISBNなし
『盗まれた街』ジャック・フィニィ(ハヤカワ文庫SF)0/1
『デッドソルジャーズ・ライヴ』山田正紀(早川書房)1/1
『暗闇の中で子供 The Childish Darkness』舞城王太郎(講談社ノベルス)0/1
『失われた時を求めて』マルセル・プルースト(集英社文庫)3/3*単行本
『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー(新潮文庫)3/3*単行本
『吉里吉里人』井上ひさし(新潮文庫)3/3*単行本
『火星にて大地を想う』T・フロゥイング0/1不明
『吸血鬼伝承「生ける死体」の民俗学』平賀英一郎(中公新書)1/1
『エイリアン刑事』大原まり子(ソノラマ文庫)0/3
『落ち着かぬ赤毛』E・S・ガードナー(ハヤカワ・ミステリ文庫)0/1
『ブラウン神父の童心』G・K・チェスタトン(創元推理文庫)1/1ISBNなし
『昭和歌謡大全集』村上龍(幻冬舎文庫)1/1*単行本(集英社)
『地球の長い午後』ブライアン・W・オールディス(ハヤカワ文庫SF)1/1ISBNなし
『リングワールド』ラリィ・ニーヴン(ハヤカワ文庫SF)1/1*単行本
『エンダーのゲーム』オースン・スコット・カード(ハヤカワ文庫SF)1/1
『たったひとつの冴えたやり方』ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア(ハヤカワ文庫SF)0/1
『奇想、天を動かす』島田荘司(光文社文庫)0/1
『最上階の殺人 Shinjusha Mystery』アントニイ・バークリー(新樹社)1/1
『夢の樹が接げたなら』森岡浩之(ハヤカワ文庫JA)1/1*単行本
『スターダスト・シティ』笹本祐一(ソノラマ文庫)0/2
『陸橋殺人事件』ロナルド・A・ノックス(創元推理文庫)0/1*早川書房版のみあり
『金なら返せん!』大川豊(幻冬舎アウトロー文庫)0/2
『海を見る人』小林泰三(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)1/1
『ホッグ連続殺人』ウィリアム・L・デアンドリア(ハヤカワ・ミステリ文庫)0/1
『思考する物語 SFの原理・歴史・主題』森下一仁(東京創元社)1/1
『ドグラ・マグラ』夢野久作(角川文庫)2/2ISBNなし
『たそがれに還る』光瀬龍(ハルキ文庫)1/1*早川書房版
『ダーコーヴァ年代記』M・Z・ブラッドリー(創元推理文庫)2/221・2巻のみ
『――――』――0/1不明
『少年エスパー戦隊』豊田有恒(てのり文庫(国土社))1/1ISBNなし
『ECCENTRICS』吉野朔実(小学館文庫)0/2
『太陽の簒奪者』野尻抱介(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)1/1
『悪魔の系譜』J・B・ラッセル(青土社)1/1*旧版
『底抜け超大作』映画秘宝編集部編(洋泉社)0/1
『猫たちの聖夜』アキフ・ピリンチ(ハヤカワ文庫NV)1/1* Hayakawa novels
『虎よ、虎よ!』アルフレッド・ベスター(ハヤカワ文庫SF)1/1*単行本
『サード・コンタクト』小林一夫(ソノラマノベルス)0/1
『五番目のサリー』ダニエル・キイス(ダニエル・キイス文庫)2/2*単行本
『赤と黒』スタンダール(新潮文庫)2/2ISBNなし
『百舌の叫ぶ夜』逢坂剛(集英社文庫)1/1*単行本
『星を継ぐもの』J・P・ホーガン(創元SF文庫)0/1
『できるかなリターンズ』西原理恵子(角川文庫)0/1
『海がきこえる』氷室冴子(徳間文庫)1/1*単行本

東京都立図書館について,「長門有希の100冊」の100冊中,ISBNまで完全に一致するものは10数冊しかありませんでした(最初見たとき腰抜かしました)。あとで確認したらISBN未入力が数冊ありましたが,あわせても20数冊です。
ただし上記の基準のとおり,今回以降の調査では,別の版でもほぼ同一のテキストと認められるものについては含めます。この場合,70冊について所蔵が確認できます(おそらく,単行本を所蔵してるものは文庫版を買わないため)。また,ダーコーヴァ年代記シリーズについてはなぜか1・2巻のみ所蔵があったので,シリーズ22冊中2冊で約0.09冊のプラス。細かい小数でても意味ないので,0.1冊と見なします。
以上から,東京都立図書館の「長門有希の100冊」所蔵率は 70.1% となりました。



正直驚きです。公共図書館最大の都立図書館をもってしても,8割を割るだなんて。
無かった本のうち,ノックスの『陸橋殺人事件』については別訳者の早川書房版があるけれど,それ以外は見事に全滅。

欠けた作品の作家の名をあげると,とり・みき,朝松健,バリントン・J・ベイリー,菊池秀行,綾辻行人,E.C.タブ,森博嗣,ピーター・アントニイ,ディヴィッド・ブリン,舞城王太郎,大原まり子,E・S・ガードナー,ウィリアム・L・デアンドリア,J・P・ホーガンなど。けっこう有名どころも混じってますね。
都立とかだとSFはあんまり買わないのかなー,と思ったらそうでもなく,同じ著者のほかの本はけっこう置いてるのですね。どうも小説の網羅的購入はしていないみたい。まあそれはそれで立派な方針なのですが,連続物の途中やラストの一冊が置いてないと利用者は困るだろうなあ。『有限と微小のパン』とか。

しかし都立でこの成績だとすると……ほかの都道府県立はどうなんだろう。もしかして5割切る館もけっこうあるんじゃないか;


そんな事態に遭遇しつつもまだ続けるつもり。

投稿者 Myrmecoleon : 17:13 | コメント (880) | トラックバック

2006年10月12日

第一回「長門有希の100冊は図書館で揃うか?」調査

mixiのコミュニティで図書館の中高生向けサービスにハルヒがいいんじゃないか,という話があって,それならいっそ特別展示で「長門有希の100冊」やっては? みたいなネタを投げました。多少趣味の偏ってる点はあるとはいえ,けっこう多分野にわたったリストで,図書館の展示としても悪くない気がするんですよね。

全100冊(シリーズや上下巻は1冊と計上)中,2冊は発音不能,1冊は実在しない,1冊は未邦訳の洋書(という説が濃厚),また1点は本ではなく雑誌に掲載された小説,また2点は全集ものの一部にあたるので,このあたりは入手不可能,または困難。ただ残りについては,比較的有名な作品が多いこともあり,一般的な図書館であれば半分くらいは揃うんじゃないかなー,とか。取り上げられた作家さんの別作品なども混ぜれば,けっこう立派なコーナーができる予感。
ハルヒのアニメでことあるごとに長門が読んでた本も多数含まれてるので,アニメからのファン受けもいい。また「100冊」には各分野の名著が揃ってるので,そっちの読者がハルヒに興味を持ちだし,ライトノベルにハマっていく展開もありかな,などと妄想したり。

自分が公共図書館でYAコーナー担当だったら絶対やってるなあ。。。。
おすすめですよー,そこの司書さん方。


まあ,長門さん読書ネタは(というか涼宮ハルヒネタ自体が)旬を過ぎた観があるので,わりといまさらなんですけどねー。でも,絶版本が多数含まれてるこのコレクションを全部まとめて読ませられるのは,図書館しかない気がするんだよな。メロンブックス秋葉店でも似たようなことやってたようだけど,やはり文庫で現役の一部タイトルしか揃わなかった様子。ここで元祖ロングテールたる図書館の貫禄を見せつけるですよっ。

まあ冗談はさておき(冗談かい)本当のところ,どのへんまで図書館で持ってるのか,というのはちょっと気になったり。Amazonでの入手難度をあげてる人がいたり,読破&電子化を目指してる人がいたりといろいろありますが,図書館での所蔵具合を調査したネタはまだ出てないはず。

ということで,誰もやらないならやってやれ,の精神で調査しようかと(馬鹿)。
ちょうど横断検索の図書館分の実験もやらなくちゃいけなかったので,そのへんを整備するついでにチェックしてみたいかと思っております。


で,はえある第一回はやはり図書館の中の図書館,

国立国会図書館

で行ってみましょう。



作業は,ちょうどNDL-OPACを外部から使えないかといろいろ試したところだったので,CAX氏の「100冊」のページからPHPでISBNのリストを抜き取り,そのリストからNDL-OPACに飛ばすためのURLを生成して,一冊一冊確認してまいりました。まあ機械的にざざーっとやった方が早かったのでしょうが,図書館側のサーバ負荷もありますので,今回は手動でやってます。あとで見たらISBNの入ってないデータ(初版にはなかったんでしょう)がけっこうあったので,どうせ手動でやらんといけなかったみたいで結果オーライ。

所蔵の確認は,双方にISBNのあるものはISBNで,NDL側にISBNが入ってないものはタイトルと出版社が一致したもののみOKとしています。今回は相手が国会図書館なのでやや厳しくしてますが,今後県立図書館等を調査する場合は,単行本と文庫本,新書の違いぐらいは許容してもいいかも,と思っています。
また上下巻,シリーズなどで複数巻あるものについては,国内既刊分の全冊が揃って「1冊」という計算をしています。また欠けのある場合は刊行の冊数中何割を所蔵しているかでとり,小数として計算しています。たとえば,上下巻で上巻だけがない場合は0.5冊と計算します。

なお,上記したとおりリストはCAX氏作成のものを使用しています。「ザ・スニーカー」のオリジナルの方は確認していません。異同などもあるかもしれませんが,ご了承ください。



というわけで調査結果です。

タイトルほか所蔵冊数/刊行冊数備考
『ギリシア棺の謎』エラリー・クイーン(創元推理文庫)1/1ISBNなし,タイトル「ギリシャ棺の謎」
『エンディミオン』ダン・シモンズ(ハヤカワ文庫SF)2/2
『ウロボロスの偽書』竹本健治(講談社文庫)2/2
『双頭の悪魔』有栖川有栖(創元推理文庫)1/1
『魍魎の匣』京極夏彦(講談社文庫)1/1
『ぬかるんでから』佐藤哲也(文藝春秋)1/1
『クレープを二度食えば。』とり・みき(筑摩書房)1/1
『誰彼』法月綸太郎(講談社文庫)1/1
『夏と冬の奏鳴曲』麻耶雄嵩(講談社文庫)1/1
『猶予の月』神林長平(ハヤカワ文庫JA)2/2
『世界SF全集12』R・A・ハインライン(早川書房)1/1ISBNなし
『バブリング創世記』筒井康隆(徳間文庫)1/1
『(完本)黒衣伝説』朝松健(早川書房)1/1
『パスカルの鼻は長かった』小峰元(講談社文庫)1/1ISBNなし
『時間衝突』バリントン・J・ベイリー(創元推理文庫)1/1
『三つの棺』J・D・カー(ハヤカワ・ミステリ文庫)1/1ISBNなし
『エイリアン妖山記』菊地秀行(ソノラマ文庫)1/1
『順列都市』グレッグ・イーガン2/2
『ターミナル・エクスペリメント』ロバート・J・ソウヤー(ハヤカワ文庫SF)1/1
『復活祭のためのレクイエム』新井千裕(講談社文庫)1/1
『精神現象学』G・W・F・ヘーゲル(平凡社ライブラリー)2/2
『伯母殺し』リチャード・ハル(ハヤカワ・ミステリ文庫)1/1ISBNなし
『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎(講談社現代新書)1/1
『赤い館の秘密』A・A・ミルン(創元推理文庫)1/1ISBNなし
『十角館の殺人』綾辻行人(講談社文庫)1/1
『ヴィーナスの命題』真木武志(角川書店)1/1
『五百光年』草上仁(単行本未収録) - 「S-Fマガジン」1998年2月号1/1
『暗号解読 ロゼッタストーンから量子暗号まで』サイモン・シン(新潮社)1/1
『デュマレスト・サーガ』E・C・タブ(創元推理文庫)31/31
『名探偵の掟』東野圭吾(講談社文庫)1/1
『有限と微小のパン』森博嗣(講談社文庫)1/1
『魔術の歴史』エリファス・レヴィ(人文書院)1/1
『オイディプス症候群』笠井潔(光文社)1/1
『ダンス・ダンス・ダンス』村上春樹(講談社文庫)2/2
『ジョーカー』清涼院流水(講談社文庫)2/2
『抱朴子』葛洪(岩波書店)1/1ISBNなし
『殺人喜劇の13人』芦辺拓(講談社文庫)1/1
『世界魔法大全(英国篇)4』ダイアン・フォーチュン(国書刊行会)1/1ISBNなし
『妄想自然科学入門』菊川涼音(メディアワークス)1/1
『鋼鉄都市』アイザック・アシモフ(ハヤカワ文庫SF)1/1ISBNなし
『法の書』アレイスター・クロウリー(国書刊行会)1/1
『イーリアス』ホメーロス(平凡社ライブラリー)2/2
『真ク・リトル・リトル神話大系』H・P・ラヴクラフト(国書刊行会)11/11
『僧正殺人事件』ヴァン・ダイン(創元推理文庫)1/1ISBNなし
『衣装戸棚の女』ピーター・アントニイ(創元推理文庫)1/1
『殺意』フランシス・アイルズ(創元推理文庫)1/1ISBNなし
『トンデモ本の世界』と学会(宝島社文庫)1/1
『ガダラの豚』中島らも(集英社文庫)3/3
『悪霊の館』二階堂黎人(講談社文庫)1/1
『知性化戦争』ディヴィッド・ブリン(ハヤカワ文庫SF)2/2
『タウ・ゼロ』ポール・アンダースン(創元SF文庫)1/1
『月に呼ばれて海より如来る』夢枕獏(徳間文庫)1/1
『イメージシンボル辞典』アト・ド・フリース(大修館書店)1/1
『椿姫を見ませんか』森雅裕(講談社文庫)1/1
『呪われし者の書』チャールズ・フォート :The Book of the Damned0/1未邦訳。原書も所蔵なし。
『トリフィド時代 食人植物の恐怖』ジョン・ウィンダム(創元SF文庫)1/1
『盗まれた街』ジャック・フィニィ(ハヤカワ文庫SF)1/1ISBNなし
『デッドソルジャーズ・ライヴ』山田正紀(早川書房)1/1
『暗闇の中で子供 The Childish Darkness』舞城王太郎(講談社ノベルス)1/1
『失われた時を求めて』マルセル・プルースト(集英社文庫)3/3
『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー(新潮文庫)3/3
『吉里吉里人』井上ひさし(新潮文庫)3/3
『火星にて大地を想う』T・フロゥイング0/1不明
『吸血鬼伝承「生ける死体」の民俗学』平賀英一郎(中公新書)1/1
『エイリアン刑事』大原まり子(ソノラマ文庫)3/3
『落ち着かぬ赤毛』E・S・ガードナー(ハヤカワ・ミステリ文庫)1/1ISBNなし
『ブラウン神父の童心』G・K・チェスタトン(創元推理文庫)1/1ISBNなし
『昭和歌謡大全集』村上龍(幻冬舎文庫)1/1
『地球の長い午後』ブライアン・W・オールディス(ハヤカワ文庫SF)1/1ISBNなし
『リングワールド』ラリィ・ニーヴン(ハヤカワ文庫SF)1/1
『エンダーのゲーム』オースン・スコット・カード(ハヤカワ文庫SF)1/1
『たったひとつの冴えたやり方』ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア(ハヤカワ文庫SF)1/1
『奇想、天を動かす』島田荘司(光文社文庫)1/1
『最上階の殺人 Shinjusha Mystery』アントニイ・バークリー(新樹社)1/1
『夢の樹が接げたなら』森岡浩之(ハヤカワ文庫JA)1/1
『スターダスト・シティ』笹本祐一(ソノラマ文庫)2/2
『陸橋殺人事件』ロナルド・A・ノックス(創元推理文庫)1/1
『金なら返せん!』大川豊(幻冬舎アウトロー文庫)1/2「地の巻」幻冬舎版なし。別版はあり
『海を見る人』小林泰三(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)1/1
『ホッグ連続殺人』ウィリアム・L・デアンドリア(ハヤカワ・ミステリ文庫)1/1
『思考する物語 SFの原理・歴史・主題』森下一仁(東京創元社)1/1
『ドグラ・マグラ』夢野久作(角川文庫)2/2ISBNなし
『たそがれに還る』光瀬龍(ハルキ文庫)1/1
『ダーコーヴァ年代記』M・Z・ブラッドリー(創元推理文庫)22/22
『――――』――0/1不明
『少年エスパー戦隊』豊田有恒(てのり文庫(国土社))1/1
『ECCENTRICS』吉野朔実(小学館文庫)2/2
『太陽の簒奪者』野尻抱介(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)1/1
『悪魔の系譜』J・B・ラッセル(青土社)1/1
『底抜け超大作』映画秘宝編集部編(洋泉社)1/1
『猫たちの聖夜』アキフ・ピリンチ(ハヤカワ文庫NV)1/1
『虎よ、虎よ!』アルフレッド・ベスター(ハヤカワ文庫SF)1/1ISBNなし
『サード・コンタクト』小林一夫(ソノラマノベルス)1/1
『五番目のサリー』ダニエル・キイス(ダニエル・キイス文庫)2/2
『赤と黒』スタンダール(新潮文庫)1/2新潮文庫版は下巻のみ所蔵。別版はあり
『百舌の叫ぶ夜』逢坂剛(集英社文庫)1/1
『星を継ぐもの』J・P・ホーガン(創元SF文庫)1/1ISBNなし
『できるかなリターンズ』西原理恵子(角川文庫)1/1
『海がきこえる』氷室冴子(徳間文庫)1/1
『――』―0/1不明
(表にコピペしそこねがあったので追加) (冊数などであちこち誤りがあったので修正)

国立国会図書館では,「長門有希の100冊」の100冊中,94冊について完全な所蔵が確認できました。また2冊については,上下巻中の片方に欠けがあるため,それぞれ0.5冊として計上しています(なお両タイトルとも,別出版社から刊行されているものについては所蔵があります)。
以上から,国立国会図書館の「長門有希の100冊」所蔵率は 95% となりました。




と,以上のとおりです。

「100冊」には,何をしようが充足できないタイトルが3冊あり,最大値が97%であることを考えると,さすがといえる数字だと思います。SFマガジンなどもちゃんと所蔵しているのは正直強みでしょうね。Amazonでの入手難易度ランクX-1,X-2に入ったタイトルがすべて網羅されてる点などは,大いに評価できるでしょう。

しかしながら,てっきり最大値の97%,あるいはThe Book of the Damnedを除いてで 96% ぐらいまではいくと予想していたのですが,意外な抜けが2冊もあったのは驚きでした。納本制度があるため,国内出版物は網羅してるはずなのですが,不思議なことに新潮社の『赤と黒』上巻,および幻冬舎の『金なら返せん!』の地の巻は未所蔵のようです。『金なら返せん!』については旧版のぴあ版については所蔵がありますし,『赤と黒』は他社からも邦訳が出ているので読めないことはないのですが,妙な落とし穴があったものです。

あと困ったのが,ISBNを入力してない本がけっこうあったこと。少し古いSF・ミステリ関係の文庫などで20冊ほどありました。おそらく初版発行時にはISBNがふられていなかったのが,現在の版までの間に付けられたものだと思います。こういうのがあるとなると,ネット書店横断検索でやってるような,ISBNでマッチングして表示,ってのも難しいかもしれませんね。

さて,この国会図書館の結果を越えるような館はあるんでしょうかね? まあここまではいかなくても,80%を越えるくらいの館がどれくらいあるのかが楽しみですね。


では次回。(つづくらしい)

投稿者 Myrmecoleon : 21:44 | コメント (791) | トラックバック

2006年09月18日

ブログ整理/読売新聞閲覧制限事件・その3

うっかり自分でキリ番3000踏んじゃったのが悔しくて,カウンターを改造する。IPアドレスが同一のアクセスは一定時間計上しないタイプ。IIBで使ってるのの流用。
これをつけるついでで,MTのテンプレをいろいろいじる。せっかくPHPで出力させてるのでサイドバーを分離させたりとか。久しぶりにいじったので,せっかくだから著作権延長反対のロゴをつけたり。

あとエントリのカテゴリーに図書館ってのを追加しました。最近図書館関係の記事が多かったので。これにあわせて過去記事で図書館がらみの奴をチェックしてたら,改めて自分の書いた文章に感心したり(自画自賛)。

このへんのなんて,いま読み直してもいい感じ。たぶん図書館や著作権に関する自分の考えをそれぞれ述べてる。

司書たるもの。
外山センセと「耳をすませば」

この頃はブログを書くこと自体にけっこう熱心だったんだなあ。いまははてブやらネット書店の検索やら同人誌図書館やらにかかわったせいで,IIBあたりは全然手を入れてません。そろそろ再開したいけど書きたいこともたくさんだあ。


で,閑話休題。

とりあえず書いちゃわないといけないこととして,前回言ってた閲覧制限事件に対する自分の意見。わざわざ先延ばしにするほどたいしたことじゃないんですけどね。

実は自分,今回の事件を最初はあんまり重要事と受け止めてませんでした。読売にについては,本当に記事を閲覧できない状態(カウンター内別置でなく)にしてた館は少ししかないことが早々にわかりましたし。

カウンター内別置については,自分はありだと考えています。個人のプライバシーが掲載されているのは事実であったし,回収命令が出る可能性も皆無ではなかった。慎重な対応という意味ではありだったと思う。そもそも別置しただけで利用できなかったわけではないんだし(資料と接触する機会を奪ったわけではない)。

紙面に付箋などを貼った問題の館の対応は,図書館の自由だけでなく資料の保存上も適当ではないでしょう。まあ市立でも支部館であれば保存図書館としての機能は薄いのでありかもしれませんが,県立と各市の中央図書館はあきらかにおかしい。
加えて,週刊新潮の「袋綴」はひどいと感じました。これは読売でも紙貼り等をしてる館のほか,伊賀市と津市と世田谷区の三館で行われています。明白に閲覧の機会を奪っているし,資料の保存上の問題もある。また福岡県立の対応に至っては弁解の余地がありません。ひとつの記事を理由に意図的に雑誌の欠号を作るなんて何考えてるんだか。

以上のように感じたのですが,それはそれとして,自分は実はこうした状況は公共図書館界において「良いこと」なのではないか,と考えていました。
確かに,閲覧制限を行うのはよいことではないんです。公共図書館の本義として間違っている。しかしながら,まったくはじめての問題について,すべての図書館がまったく同じ対応をとる,というのはちょっと怖い気がしていた。
実際その後の言及においても,読売のやり方については批判的な意見が多い。日弁連は明解に少年法の例外であることを否定している。読売のあれが,社会通念上もグレーなものであることは間違いない。無論その判断を図書館がしていいはずはない。しかしながら「すべての図書館がそうでなければいけない」という言説は,たとえ正しくても,気味の悪いものを含んでいる気がするんですね。
(実際,少数ですが閲覧制限をした図書館を賞賛してるブログもあるんです。まるで益のないことはない)

むしろ今回の事件でさまざまな対応が現われたことは,公共図書館の多様性が高いということを確認する上で良い傾向だったのではないか。そんなことも考えるのですね。たとえ図書館の理念上,閲覧制限しないことが唯一の回答であると明白であるとしても,「そうであるべき」という規範はしばしば危ういものを持ちます。特に今回は前例のない事態だった。ちょっとした勇み足を踏むくらいのことは,確かに良いことではないが,それほど目くじらを立てるほどのことではないんじゃないか。むしろさまざまな図書館のあるということで守れる図書館の理念もあるのではないか。またその上で,ほとんどの図書館において閲覧制限が行われなかったという事実。これをこそ評価するべきだったのではないか。


そのようなことを「考えていました」。


違和感をもったのは三つ。
カウンター内別置でなく,週刊新潮の「袋綴」や読売新聞の閲覧制限を行った館が,関西地方に偏っているという点(表参照)。
そのうちの豊中市についての住民からの意見(前回のエントリであげました)。
そして,香芝市が依然としてこの件に関して閲覧制限を加えてるという事実

特に最後のは,広告に対する検閲というかなり珍しい事例になるのではないでしょうか。もし香芝市立図書館で週刊ポストをとってるとしたら,たぶんその記事も袋綴じにするのでしょう。確かに初心は守ってる。図書館の多様性を考えれば,世論などに惑わされず,自館の意志を貫く姿勢は評価すべきなのかもしれない。しかしなんとなく「気持ち悪い」。

地域性やこの執拗さは,単純に見解の相違,という点を超えているような印象があります。むしろ図書館の理想とか少年法などとは別の,何らかの信念であるとか圧力であるとかの影響を感じる。
図書館が利用者の心情や法令の遵守などを考えて閲覧制限などを行うとしたら,これは誤解であっても,悪意ではない(カウンター内別置で対応した館はこれだと思う)。けれど,図書館が職員独自の意志や関連団体の利益を考えてそれを行うのだとしたら,これは明白な検閲です。

もしかしたらこれは考えすぎなのかもしれない。神戸の事件があり,関西ではこの問題について極端に反応してしまうというだけなのかもしれない。ただ,多様性などという言葉で安易に片づけられないものが隠れてるような,そんな気がいまはしています。
三重県立や香芝市,豊中市において何があったのか。その解明が待たれます。それほど遠くではないでしょう。読売や写真週刊誌等にはそれをするだけの動機が十分にあるでしょうから。

投稿者 Myrmecoleon : 01:03 | コメント (257) | トラックバック

2006年09月16日

読売新聞閲覧制限事件・その2

追加があったようなので前回の修正。やっぱり見逃しがあったらしく,練馬区のとか見つけました。
あとその後の動向としては,各社の社説やブログなどで取り上げられてるようですね。今回はそのへんを。

大手新聞社の見解

読売新聞「公立図書館本来の役割から逸脱していると思います」
毎日新聞「記事の閲覧制限は、憲法が保障する「表現・報道の自由」を侵害する行為だ。図書館の過剰反応と言わざるを得ない」
産経新聞「20歳未満の容疑者の実名報道を禁じた少年法の趣旨に反しているという理由からだ。これだけの理由で特定の報道の閲覧を制限するのは、図書館の越権行為であろう」

当事者はもちろん,大手新聞社はどちらも明確に閲覧制限反対とのこと。まあ当然。


図書館系ブログの反応

おもだった図書館関係のブログの反応。ちなみにすべてを網羅する気は最初からないので念のため。

愚智提衡而立治之至也: 大義,親を滅ぼす
「如何なる理由があれ住民がある資料を何らかの留保無しには閲覧できない状態に置くのは断固反対,という立場です」

DORAの図書館日報: 役目を忘れちゃいませんか?
「報道機関の判断した結果についての是非は、司法が判断するもので、この場合、図書館は少なくとも「判断」をする場所ではないでしょう」

日々記―へっぽこライブラリアンの日常―: 少年被疑者の実名報道記事の閲覧制限
「図書館で資料を提供する立場に立った場合、もちろん個人の思いで制限を加えることはあってはなりません」「図書館で閲覧制限することの意味を、「宣言」にのっとって議論を尽くして考えていけば良い話でしょう」


閲覧制限に明確に反対している立場。G.C.W.さんは「図書館原理主義」と呼んでいますが,公共図書館の本義を考えるなら,自由宣言をもちだすまでもなくこの結論になるのが普通でしょうね。「知る権利」の保障,読者あるいは司法が評価するもの,という意見。
前回のであげた各館の声でも,積極的な閲覧不制限派は同様のことを言っていましたね。たとえば岩手県立。

(岩手県図)「資料の利用を制限することは妥当でない。見るかどうかは利用者に委ねるべきだと判断した」

ざっと見た印象ではやはりこの方面が多かったような気がする。

図書館の思想としては至極まっとうな見解であり,自分としても大筋同意するところであります。
ただ,はてブで片っ端から「これはひどい」タグをつけるのはちょっと引きました(謎
あと,Myrmecoleonは「みゅるめこれおん」と読みます。慣れないと舌噛みます。Tbありがとうやんした。>MIZUKIさん

次にみられるのは,以下のように今回の状況が特殊である点に注目しているもの

Verba volant, scripta manent.: 閲覧制限の難しさ
「今回のケースは,今までもあった雑誌の閲覧制限とは違い,新聞の閲覧制限という新しいケースだと思います」

Tohru’s diary : いつもの閲覧制限のお話なんだけど…
「今回は読売新聞やテレビまで実名報道に踏み切っている訳で、ちょっと今までとは状況が異なる気がします」


今回は大手新聞社である読売新聞が異例の実名報道に踏み切ったという事情があり,とりあえず動向を窺うという視点。これはこれで慎重な反応としてアリだと思う。両者ともに福岡県立図書館の対応を批判してる点が興味深い。
資料によって対応を変えるのか,というのはまた論点ではあるけれど,これまでのように一部写真週刊誌などで実名報道が行われるのと,大手新聞社である読売新聞が行うのとでは問題の規模が違うのですよね。たとえば,通常は写真週刊誌などは買わないため,これまでは蚊帳の外だった大学図書館も今回のケースでは関係してしまう。また読売のような信頼のあるメディアの報道なものだから,以下のような問題も出る。


野生のライブラリアン : 「高専生殺害、実名掲載の読売新聞を閲覧制限」は是か非か
「現在、新聞のトップニュースはその新聞社のWebでも公開されています。ということは、館内にインターネット接続可能なPCがあり、それが一般公開されていた場合、そのPCにも何らかの制限を加えないと片手落ちになるという点です」

愚智提衡而立治之至也: 「Webの時代」に
「考えてみればこの「Webの時代」に,紙媒体の閲覧を制限すれば事足れり,ということがあるはずがありません」


たとえ読売新聞が読めなくても,ネット端末があれば該当記事が読めてしまうという罠。たとえば問題のある可能性のあるサイト(2ちゃんねるとか)をソフトでフィルタリングするポリシーで運用していたとしても,今回のケースについてはまずフィルタリングはできないでしょう。もし少年法等を理由に検閲まがいのことをするのなら,Webの方まで気を配らなければ意味がない,という話。
(ちなみに両者とも閲覧制限反対の方ですね。あくまで「制限するなら」の話)


なお,さすがに「閲覧制限すべし」とする見解は図書館界隈には見当たらなかったのですが,肯定するまではいかなくても,こういう視点もあるのでは,という興味深い指摘。

笛と私と図書館と: 図書館は黙って閲覧に供すればよいのか
「図書館はある一定の質を保つために「収集方針」なるものを定め、それに従って収集し利用者に提供しているはず」「フィルターをかけ、一定の質を保っていくのも、結局図書館員の役割のひとつであると思う」

DORAの図書館日報: スーパーオジジ現る
「問題となる部分の判断を伴った閲覧制限という意図ではなく、資料の毀損亡失を未然に防ぐ意味での管理は必要であろう」「同じ図書館による管理下に置くのであれば、「問題があると判断したから」と理由による措置ではなく、「資料を理不尽な攻撃から守るため」と主張できないのだろうか。」


前者は図書館の収集方針から,ある種のフィルタリングもありうるのでは,という意見。実際,図書館に成人向け雑誌類や漫画週刊誌があまりないのは収集方針にあわないという理由であり,これも「検閲」と言ってしまうなら,図書館はすべて国会図書館並みの収書をしなければならなくなる。分類や配架も一種の編集であるが,これらも無条件に検閲と言われてしまうなら,図書館というシステムは成り立たない。
もちろん今回の事件とは直接は関係なく“「図書館はタダで読ませてくれるところなんだから、ぐちゃぐちゃ言ってないで見せてくれりゃいいんだよ」みたいな意見”への反論ですね。今回の事件については「個人的には、「ご覧になりたい方はお申し出下さい」のような一部制限がいいのではないかと思う」とのこと。

後者はすでに紹介したとおり基本的には閲覧制限反対の方なのだけれど,仮に閲覧制限をおこなう場合もありうるということで,問題のある利用者が自主的に検閲してしまうのを防ぐ,という点をあげている。資料保存,ひいてはのちのちの資料提供のための閲覧制限ですね。一般化するのは問題があるけれど,個々の館の判断としてはあってもいいんじゃないか,と思えます。
(そういえばうちも,よく切り取られる雑誌を別置したりしたような)


閲覧制限を肯定するわけではないけれど,こうした別の視点ももってみるのは,こういった事件を考えるうえで大切なんではないか,と思います。

日本図書館協会の見解

読売の記事より。

松岡事務局長
「図書館は言論の自由を守る役割がある。記事の内容は読者が議論すべきことだ。一般的に閲覧制限は検閲につながる。図書館は資料を提供し、国民の知る自由を後押ししなければいけない。記事内容の判断には、極めて慎重でなければいけない」


事務局長見解はおおむね,新聞社や図書館系ブログと同意見。あとメールマガジンでも取り上げてたらしい(とってないんで見られません;)。JLAホームページ自由委員会のページには特に記載なし。

なお,これについては,以前の神戸の事件での見解との矛盾があるという指摘もある。

2.すべての図書館資料は,原則として国民の自由な利用に供されるべきであるが,上記の表現は,提供の自由が制限されることがあるとする「図書館の自由に関する宣言」第2-1-(1)「人権またはプライバシーを侵害するもの」に該当すると考えられる。

もっともその後に『文藝春秋』で供述調書を掲載したときには各館の主体的な対応を呼びかけるとの見解を示しており,そこでは以下のようにある。

1.公刊物の表現に名誉毀損,プライバシー侵害の可能性があると思われる場合に,図書館が提供制限を行うことがあり得るのは,次の要件の下においてと考えます。
①頒布差し止めの司法判断があり,②そのことが図書館に通知され,③被害者(債権者)が図書館に対して提供制限を求めた時。

これを今回の場合に当てはめると,頒布差し止めの司法判断も,通知も,被害者の要求もなかったわけで,この見解に準拠するならわざわざ閲覧制限する必要はなかったといえ,矛盾はないかも。ちなみにこっちの見解については,

5.以上,当協会としての現段階の検討の内容を,参考意見としてお知らせしました。
なお,本件の出版倫理・社会倫理にかかわる問題については,別途検討すべきものと考えます。
各図書館で主体的な検討をされた上での対応をお願いします。

とあるとおり,あくまで参考意見である。最終的な判断は各館の責任。
(ちなみに,あきらかにこのへんが『図書館内乱』の関連項の元ネタですね)

その他

その他の言及として,図書館については触れてませんが,日弁連のサイトに読売新聞の報道について会長の談話が述べられてる。

徳山工業高等専門学校の事件の実名報道に対する会長談話
「少年が死亡したといえども、少年法第61条の精神は尊重されるべきであり、少年の死亡後には、むしろ凶悪な累犯が明白に予想される場合や指名手配中の犯人捜査に協力する場合などに該当しないのであるから、例外的に実名報道をしなければならない社会的な利益も存在しない」

読売の言い訳をばっさり切り捨ててます。個人的にも,あえて実名報道する意味はなかったと思いますね,あれは。もちろんそれと図書館の対応とは別の話ですが。

あと,

んなアホな! : 配慮し過ぎるとおかしなコトになってくる
「豊中市民として昨年の教科書採択の現場を見たことと合わせて考えてみると、これは図書館だけではなく豊中市の「行き過ぎた事なかれ主義」体質が根底にあるのが原因のように感じました」

漂流地点報告 - 豊中市立図書館
「今回問題になった岡町図書館は自分の家から歩いていける所にあるのでこっちに来てから何回か立ち寄ったんですけど、いわゆる人権や同和問題に関する書籍ばかりで肝心な本が無くてね」

地元の人の声。豊中市自体に「人権配慮」で「事なかれ主義」的な部分があるのでは,という意見。ほんとのところは知りませんが,みてもわかるとおり関西圏の館が多いのは事実なんですよね。。。

と,以上をふまえて自分の意見を,と思ったんですが体力的にキツくなってきたのでまた次回。整理するだけで力尽きちゃうのは問題ですね;

投稿者 Myrmecoleon : 05:55 | コメント (243) | トラックバック

2006年09月14日

読売新聞閲覧制限事件の暫定まとめ

図書館内乱

有川 浩著 (メディアワークス, 2006.09)
Amazon以外の取り扱いはこちら

図書館内乱の感想を,と思ったのだけれど,リアル図書館内乱事件が起きつつありそうなので,そっちの話。
まぁとりあえずどこで何が起きてるのかがややこしいのでまとめ。個人的には分館の方ですでに書いたけど,周南市さんの図書館さんの姿勢が素敵かな,かな。

地域 閲覧制限なし 新潮のみ制限(読売は通常) 新潮・読売ともに制限
北海道source 道立図書館,札幌市図書館ほか 報告なし 石狩市民図書館,紋別市立図書館:ともに閲覧制限の内容は不明。
東北source 岩手県立図書館,ほか宮城県以外の県立 宮城県図書館(カ別→通常) 報告なし
関東 source1 source2 source3 source4 source5 都立図書館,町田市立図書館,八王子市中央図書館ほか 神奈川県立図書館(カ別)
世田谷区立中央図書館(袋綴→解除)
練馬区立図書館(同上)
足立区立図書館(同上)
福生市図3館(顔写真・実名に紙貼り)
あきる野市2館(カ別→通常)
報告なし
中部 source1 source2 source3 source4 source5 source6 source7 長野県上田市,松本市,飯田市の各図書館ほか
北安曇郡小谷村図書館(読売の制限案あるも実行せず)
愛知県図書館(カ別)
県立長野図書館(カ別)
静岡県立中央図書館(カ別,コピー不可)
山梨県立図書館(閲覧不可,該当記事以外はコピーで提供→通常)
茅野市図書館(カ別)
山梨・甲斐市立図書館(閲覧不可→通常)
富山県・立山町図書館:カ別,コピー不可。新潮の扱いは不明
静岡県・富士市立図書館:閲覧可,コピー不可。新潮はカ別,コピー不可。
近畿 source1 source2 source3 source4 source5 source6 奈良県立図書情報館ほか 京都府立図書館(カ別)
和歌山県立図書館(カ別)
三重・伊賀市上野図書館(閲覧不可→袋綴&カ別)
三重県立図書館:誌面に紙貼り。新潮はカ別
奈良・香芝市民図書館:カ別・紙貼り。新潮は袋綴
大阪・豊中市立9館:8日分閲覧不可,9日分紙貼り。新潮は袋綴→通常
大阪・箕面市立5館:カ別
三重・津市立11館:カ別。新潮は袋綴→通常
中国四国 source1 source2 山口県立図書館,周南市立中央図書館ほか 報告なし 報告なし
九州 source 福岡以外の県立図書館ほか 福岡県立図書館:購入せず 報告なし
(2006/09/16 2:30 更新:長野県関係) (2006/09/16 4:30 更新:練馬区立ほか)

カ別=カウンター内別置。申し出に応じて閲覧可。
袋綴=誌面をホチキス等で綴じたもの。

(表がみづらいぞおい,という方はこちら)

なお,こちらさんでは福島県立と練馬区・足立区の図書館についても挙げてあるんだけど,ソースが確認できない(見逃してるのかも)ので入れてません。あと,ソースにあげた中にあるけれど,三重県以外の県立図書館では読売新聞の閲覧制限は行っていないとのこと。(追記:練馬区・足立区の図書館については確認。福島県立は不明)

あと以下にネットのニュースから拾った各地の声。著作権的には引用だか報道の例外だかでよろしく。


制限なし派の声

(北海道立)「少年法に抵触しているかどうかの判断は困難。閲覧させないという積極的理由は見当たらない」
(札幌市)「明らかな人権侵害があれば自主的制限はあるが、現段階では知る権利の方が重要と判断した」
(根室市)「是非の判断は閲覧者に委ねられるべきだ」
(帯広市)「閲覧制限は過剰反応ではないか」
(岩手県図)「資料の利用を制限することは妥当でない。見るかどうかは利用者に委ねるべきだと判断した」
(八王子市)「知る権利とプライバシー、少年法の趣旨などを踏まえるが、その判断は難しく、常に頭を悩ませる問題だ」
(長野県立)「閲覧は制限していない。法務省の見解などが出るかもしれない中で、職員の目の届く所に置いた」「検閲や閲覧制限をしないのが原則で、そうした措置はなるべくしないことが望ましいと考える」
(飯田市)「微妙な問題だが、図書館は情報を提供し、判断は利用者にしてもらいたい」
(静岡県立)「(週刊新潮は制限していたが,)少年が死亡した時点で更生はのぞめなくなり、少年法に配慮する必要がなくなった」
(伊賀市)「新潮はまだ男子学生が死亡したと判明していない時点で公表した点を重視した。読売新聞と週刊朝日は男子学生の死後に刊行されたので、非行のある少年に対して更生を目的とする少年法の趣旨に反しないと判断した」
(周南市)「近隣の図書館や県立図書館などの状況を参考に閲覧制限はしないことにしました。図書館には市民の方に情報を開示するという使命がありますから。ただし、事件が起きたのがこの近くだったからということは関係ないです」「(閲覧を制限した図書館も)いろいろ論議されたうえでの判断だと思います。マスコミでも賛否両論あるなかで、どちらの判断が正しいとも言えないのでは」

制限あり派の声

(石狩市)「結論を出すまでの暫定的措置」
(紋別市)「少年法の趣旨を尊重した」
(福生市)「(神戸の連続児童殺傷事件のときを)参考にした」
(三重県立)「検閲ではなく、公的機関として少年法を破るわけにはいかないと考えた」

制限あり→なし派の声

(世田谷区)「少年法の遵守は犯罪を犯した少年の更生を考慮したもので、(少年が)死亡した時点でその必要がなくなったために解除すべきとの判断が内部であった」
(宮城県図)「申し出が相次いだという報告は受けていない」
(豊中市・館長)「他の館長と電話で協議し、少年法の趣旨を尊重する上で閲覧を制限した。その後、報道各社の見解が分かれていると知り、各館長の会議で図書館側が判断すべきではないとの結論に達したため、10日以降は閲覧できるようにした」
(豊中市・職員)「どのようにすべきか対応に時間がかかったため(マスキングという暫定処置をとった)」「少年法をめぐっては法務省でも揺れていますからね。その辺の判断にならったかたちで、解除というかたちになると思う」
(津市)「少年法の理念に照らして、公立図書館として不特定多数の閲覧には適さないと判断した」→「少年法に配慮し、閲覧を制限してきたが、容疑者の死亡が確認され、実名報道で容疑者の情報が周知の事実となったことから解除した」

その他

読売新聞掲載時の断り書き)「◆おことわり◆ 読売新聞社はこれまで、容疑者が未成年のため、匿名で報道してきましたが、容疑者が死亡し、少年の更生を図る見地で氏名などの記事掲載を禁じている少年法の規定の対象外となったと判断したことに加え、事件の凶悪さや19歳という年齢などを考慮し、実名で報道します。」

読売新聞東京本社広報部「閲覧制限は、図書館による検閲につながる行為で、公立図書館本来の役割から逸脱していると思います。報道内容がその通りに伝わらなければ、国民の知る権利は阻害されることになり、極めて遺憾です」

日本図書館協会・松岡要事務局長「図書館は言論の自由を守る役割がある。記事の内容は読者が議論すべきことだ。一般的に閲覧制限は検閲につながる。図書館は資料を提供し、国民の知る自由を後押ししなければいけない。記事内容の判断には、極めて慎重でなければいけない」「図書館は出版物を保存し、国民に提供する役割を担っている。各図書館は自立して判断すべきだが、その役割を果たせない閲覧制限は慎重にすべきだ」

投稿者 Myrmecoleon : 00:26 | コメント (34) | トラックバック

2006年07月27日

図書館からAmazonへ

Knezon いじってて不満たらたらで,妙なアイディアを思いついたので作ってみました。

とりあえず題して,汎用図書リンクブックマークレット(注:いい名前が思い浮かびませんでした)
以下のリンクをお気に入りに登録して,AmazonとかWebcat Plusの図書の書誌情報の出てるページで開いてください。
booklink to amazon では Amazon.co.jp で,booklink to webcat plus では Webcat Plus で同じ本が表示されます。

booklink to amazon
booklink to Webcat Plus

(7/28 0:50 Amazon版について,うちのサーバ通さなくても済むように改良。 6:50 両バージョンについてハイフンあるなし両方に対応するように修正。現在は和書限定 7:20 Webcat Plusもサーバ非依存に修正)

問題点は,

・ISBNを抽出してそれからフォームデータを生成してるだけなので,ISBNがない本では使えない。ISBNを表示しないOPAC等でも同じ。雑誌も不可。もちろんISBNがちゃんと入力されてない書誌も論外です。
URLを読み込んでISBNを抽出するので,URLと書誌が対応してるようなところでしか使えない。セッション管理系のところなんかだと多分不可。もちろんLAN内部でしか使えないようなタイプのところも不可。 (対応済み)
単純に半角10桁の数字(末尾のみはXも)にマッチングさせてISBNを抽出させてるので,ハイフン("-")の混じるタイプや全角で表示させてるところでは動かない。(ハイフン対応済み。全角表示のOPACってあまりない気がするのでこっちは保留)
・ほかに10桁以上の数字列のあるページではたぶん誤動作する。(和書限定にしたので誤動作は減らせたと思います)

など多数。

#あとサーバにリクエスト送ってるだけなので,うちのサーバが止まってるときは動きません(死 (動きます)
#今のところ「試しにつくってみた」のレベルでしかないのでよろしく。

とりあえず,Webcat,Webcat Plus,Amazon,うちの職場と同パッケージのOPAC(おいおい)では動作することを確認。いかがでしょ?


あ,あとAmazonへのリンクがアフィリエイト付きになるのは仕様です。(というか,以前アフィリ登録したときに試しに作ったスクリプトを流用してるだけです;)

## 23:30 追記。

和書限定にしたら(ISBNが4からはじまる図書限定)精度あがるかもと設定。もう洋書では使えない(うわ

あと別にAmazonだけが書評じゃないよな,とBlogでその本を紹介してるサイトを検索するバージョンとかも作ってみたけれど,需要があるかわからんので放置(マテ

## 7/28 0:50 追記。

↓のサイトみてたら,別にサーバ通さなくても問題なく構築できることに気づき愕然。

http://private.ceek.jp/archives/002002.html
http://tdiary.ishinao.net/20050413.html#p03

Amazon の方だけ修正。Webcat Plusは…… 誰かJavaScriptでPOSTする方法教えてくださいてなんかありそうですがそろそろ限界。

## 7/28 7:00

おはようございます。
ハイフン対応版に修正。たぶんNDL-OPACとかでも使える。
Amazonはサーバ非依存。Webcat Plusは現時点ではサーバ依存。
一応,GETで検索クエリを送れるサービスならたいがい対応できます。たとえばBooks.or.jpとか。

booklink to Books

POST方式のサイトのサーバ非依存化もどうにかなりそうな予感。

## 7:20 追記

勘違いしてたっぽ;
Webcat Plus,GET送信でもいきますねー。ということでWebcat Plusもサーバ非依存バージョンに更新。
でもPOST限定のOPACはけっこうあると思うので,対応考えておこう。

## 8:00 追記

スクリプトをややすっきりに。さあ仕事へ行こう。

投稿者 Myrmecoleon : 21:28 | コメント (248) | トラックバック

2006年07月22日

統計の妙。

mixi用に書いてた内容だけど,図書館話題でもあるのでブログに転載。

図書館の貸出冊数、過去最高 利便性向上などで(産経新聞) http://www.sankei.co.jp/news/060722/bun053.htm

元ソース:
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/004/h17m.htm


図書館の貸出冊数が過去最高になったらしい。まあでもこれは例年純増で重要ではない。むしろ貸出冊数ほかの伸び率が過去と比べてかなり高いのが要点。
統計の妙を考えるとかなりつっこみどころはあるものの,図書館的には別に悪いニュースではないな。

一応ざっと統計のソースを見た上でのツッコミ。

「本を借りた延べ人数」が普通に日本の人口超えてますが,どうもこれは「ある日にある人が本を借りた」ら1回と計上しているらしい。普通に登録者人数の数倍ですから。博物館の延べ利用者人数に相当するものです。
実際に図書館に登録している(貸出できる)人は3100万人弱しかいません。国民の1/4未満。実際には重複があるだろうから,国民の大多数は図書館の恩恵に預かってないわけですね。まあでも増加率が11.2%なのでこれは改善してる(前回分では5.3%)。
単純に貸出冊数と利用者数でいえば,これは平成4年度以降ずっとのびておりますが,加えて今回分は伸び率もよいようですね。

あと児童の貸出冊数がのびていることを伝えていますが,ソースをみると児童の利用者数・貸出冊数の伸び率はそれぞれ5.7%・8.1%。対して全体の各伸び率は12.7%・11.5%。はっきりいって「児童以外」の方がのびてます。特に登録者数の増加が顕著で,児童では1.1%しか増えてないのにもかかわらず,全体では11.2%も増えてるんですね。小学生よりもその他の学生や大人の方が図書館の利用が多くなった,と理解すべき。

小学生一人当たり18.7冊ってのもあまり意味の無い数字。図書館を実際に利用している(登録している)児童に限定すると一人あたり32.6冊借りてます。児童数(平成16年当時)が720万人,児童の登録者数が414万人なので,小学生の半数は平均32.6冊借り,残り半数は1冊も借りてないというのが正解。さらにいえば登録者でも年間数百冊借りる「本読み」と年に数冊も借りないのとがいるでしょう。
ただ,前回調査分では登録してる児童一人当たりの貸出冊数は30.5冊。それ以前はもっとひどい状況(たとえば平成7年度は一人あたり15.05冊)だったので,小学生が本を読むようになっている,というのは事実ですね。絵本とか漫画かもしれませんが。

なお,利用者数が増えてるのは図書館だけでなく,公民館や博物館,体育館(公立の社会体育施設)でも同様らしい。図書館が一番大きく伸びてるようですが。体育館には国民1人あたり3.1回行ってる計算になるらしい。わたしはここ数年1回もいったことありませんが。

むしろ気になるのは,職員数増えてる件かしら。図書館施設数自体の増加率より職員数の増加率の方が大きいのですよね。
平成14年度は1館あたり9.9人。平成17年度は1館あたり10.2人。もっとも平成11年度は1館あたり15.6人だったので,増えたというより人員削減が落ちついた,と理解するべきかもしれない。

統括すると「相変わらず利用者増えてるし,いいかげん自治体も人員削減落ちついたし,いいんじゃね?」かしら。でも職員増えてるといっても非常勤が増えてるだけという嫌な予感も。
まあ厳密なところは日図協あたりの統計みた方がいいんだろうね。


東京新聞 http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006072101003804.html
産経新聞 http://www.sankei.co.jp/news/060722/bun053.htm
朝日新聞 http://www.asahi.com/edu/news/TKY200607210591.html
日経新聞 http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060721AT1G2102M21072006.html
読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20060721i314.htm?from=main3
毎日新聞 http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060722k0000m040123000c.html


--------------------------------------------------------
(7/23 23:32 追記)

はっ! Copy & Copyright Diaryさんからトラバ贈られてるっ!?
いつも読んでまーす。ありがとうございまーす。

でも今度アクセスログ見るのが怖いでーす;

投稿者 Myrmecoleon : 13:10 | コメント (2) | トラックバック

2006年07月17日

コミュニティ・リポジトリ

図書館話題。でもたぶん同業者で見てる人はいない。

連休だというのにどこにも遊びにいかず(というか仕事の日のが遠出してるね)家でごろごろしていて最終日も終わり近し。
そこで何を思ったか,先週気になってたこのニュースのソースをたらたら翻訳しておりました。

「カレントアウェアネス-R : 公共図書館に機関リポジトリ」
http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/car/index.php?p=1894

訳すだけで3時間くらいかけてるのがなんともはや。まあ全文さらすのはさすがに恥ずかしいので,以下要約。

INSTITUTIONAL REPOSITORIES

By Richard W. Boss

http://www.ala.org/ala/pla/plapubs/technotes/Institutionalrepositories.doc

・機関リポジトリってのは大学図書館あたりでいま進行中のサービスで,学内の研究者の論文とかを電子的に収集し整理して公開しますよー,というシステム(既知)
・これを公共図書館でもやりましょー という提言をイギリスの Public Library Association の Technology Committee で今年1月にしたらしい。
・で,TechNote というところがそれについて簡単にまとめたのがコレ。

・内容は機関リポジトリを成立させる5大要素でまとめて書かれてる。以下各要素について。


  1. 機関(institution)

    公共図書館が機関リポジトリを運営する場合,この場合の「機関」を何におくかが悩みごと。機関リポジトリはこの「機関」の成果物を保存・提供するものなので,何をこれと考えるかによって収集する範囲が大きく違ってくる。レポートでもこの箇所に多くの字数をさき,以下の案をあげている。

    機関=利用者コミュニティ全体

    通称「コミュニティ・リポジトリ」。規模が大きすぎる。そもそも完全な地域コミュニティのリポジトリは困難。

    機関=自治体行政

    行政資料などのリポジトリ。単なる自治体の電子アーカイヴでは?

    地域の機関リポジトリ間のハブに

    自前ではリポジトリを運営しない。リポジトリのリポジトリ。というかリンク集?

    複数の組織の共同リポジトリ

    内容次第だが予算的に安上がり。

    #どの案が良いということは言っておらず,まだいろいろな可能性が考えられる,という段階だということでしょう。
    #個人的にはあっさり否定されてる「コミュニティ・リポジトリ」にも関心がわくのですが。地域SNSが立つくらいだからねー。 それこそ岡山県立図書館のデジタル岡山大百科とかは「コミュニティ・リポジトリ」のノリかもしれません。


  2. 学術研究(scholarship)

    機関リポジトリでは「学術研究」を対象として資料を収集している。このため学術的じゃないものは理念的にははずれる。「機関」であげたどの場合でも,研究活動を主要な資料として収集するのではたいした量は集まりません。
    この点からレポートでは,公共図書館の機関リポジトリでは学術的かどうかよりも,その地域の資料として有用かを重視して考えるべきだということを言っています。だから別に論文の体裁をとってなくても,たとえば家の家系図とか自分史のたぐいでも立派に資料として収集するべき,ということ。
    もともと公共図書館では地域資料のたぐいは率先して集めているので,その範囲を電子的なものにまで広げると考えるとよい,とのこと。

    #これは大いに賛成。というか,何が学術的かそうでないかなんてのは一概にいえんのですよ。お祭りの映像やら老人の会話やらは民俗学や言語学では重要な一次資料。自治体の公文書もある程度時間がたてば歴史的な価値が出ます。むしろなんでも残してもらいたいというのがそのへんの研究者の本音。


  3. デジタルコレクション(digital collection)

    機関リポジトリはデジタルな資料を前提としています。これはそもそも出版媒体の限界からリポジトリの構想がはじまったことに関係しますが,単純にデジタルな方が保存・流通のコストが小さいというのが大きいでしょう。
    もちろん公共図書館の機関リポジトリでも電子的に提供するのは前提ですが,収集する資料の範囲を「もとからデジタルなもの」に限定するか,それとも出版物のスキャニングなども含むのか。前者はさほどめんどうはないけれど,後者にするならスキャンの手間がかかるので,どういう資料を優先的にスキャンすべきか,誰がスキャンするのか(作者がするとして,作者が諸事情で拒否したらどうするのか),といった問題をあげています。

    #個人的には,スキャンよりも特殊な媒体で特殊な形式のデータをもってこられたときの作業の方がよっぽどめんどい気もするのですが。でも本一冊スキャンは某社のマシンでもないかぎりやっぱり大変ですよね。


  4. 保存形式(retention format)

    収集したデータをどのような形式で保存して提供すべきか。ここはかなり一般論ですね。
    Word みたいな独占形式はダメ。PDFマンセー。デファクトマンセー。

    #まあPDFが無難だと思いますが,このレポートの書かれた頃にはすでに新Wordはオープンなフォーマットにするとかいう話題もありましたねー。まぁ信用しきれないのは同感。Oooとかもありますが,デファクトには負けます。
    #どうでもいいんですが,文中に「PDFは特別なソフトを必要としない」ってありますがダウト。Adobe Readerがいります。真にOpenなドキュメント仕様はHTMLとかXMLでしょう。扱いやすさからいってPDFで十分とも思えますが,無理がないならなるべくHTMLにするのがおすすめ。
    #しかしあれですね。なんでこういう内容載せてるクセに,レポート自体はWord文書なのでしょうか。理解に苦しみます。


  5. 保存期間(retention period)

    資料をどれくらい保存するか。大学図書館の場合は「可能であるかぎり永遠に」なのですが,公共図書館の場合はどうすべきか。
    本のコレクションみたいに古いのや適当でないのを「草抜き」するとか,関連のリポジトリで公開されてるものははずすとか。著作権者がNGだしたのは仕方ないんじゃないかとか。

    #正直,このへんは大学図書館と同じく「永遠に」であって欲しいものです。地域資料こそ永続的に残っていることが必要な気がしますね。


レポートは以上のように公共図書館における各要素の在り方を考察したうえで,予算的な問題をあげています。
まぁやはりお金も人材もかかるので,コミュニティの需要を調査したうえで,費用対効果からどのような予算を使ってどのようなコストをかけてどのような利益が得られるかを決めなさいよ,ということが言われています。
あちらはさすがにお金に関して細かいのか,先進的な事業なら助成金がもらえるかもしれないが,時間がたったらもらえませんよとかそういうのも書いてあります。このへんの事情は国毎に違うでしょうが。

その他,現時点で公共図書館の機関リポジトリに関する先行の研究はないこと,大学図書館の機関リポジトリについての参考文献と機関リポジトリの例をあげてレポートを終えてます。


全体としての感想としては日本でやるにはまだ早いかなー,と思いつつも,似たようなものはわりと育ってきてる(岡山県立図書館とか)ので,意外に上手くいくかもしれないな,とも思ったり。むしろ予算のかけ方次第では,足踏みしている日本の大学図書館の機関リポジトリより先に根付いてしまうかもしれない。
そういや,うちの職場の方でもNIIのリポジトリ事業に応募したとかいってたなあ。一回Dspaceインストールしたことあるけれど(インストール自体はOSからはじめて1日,日本語化で+2日ぐらい),あれって設備そろえるよりも,あきらかに学内制度をどうするかの方が厄介ごとですよねー。あのあたり,公共図書館の場合はどうなのだろう(もっと面倒な気もしないでもない;)。

投稿者 Myrmecoleon : 18:20 | コメント (13) | トラックバック

2006年02月18日

「図書館の自由」に関して - 『図書館戦争』感想・その2

有川浩著『図書館戦争』(メディアワークス,2006.3)

『図書館戦争』

前回の感想をふまえて。改めて書いてみる。

某所で以下のような意見を見る。

>読者としてはしゃぐのはかまわんのだけど,決して図書館員としてはしゃいではダメだす。業界はそんな脳天気な気分でいる状況ではない

ああ痛いっ;
いや,「図書館の自由」の部分ではしゃいでたわけではないのだけど。でも少しはしゃいでたかもしれない。

ただ,前回の感想を書いていた時点でも,実は感じてなかったわけじゃない。「正論」に関する思いつきでずんずん進んでいってしまっただけで,作中も含めて,違和感はあった。


図書館の自由宣言(正しくは「図書館の自由に関する宣言」)。

そもそも学生時代にこの宣言について知ったとき,自分の感想は「わあ,それは素晴らしい思想ですね」ではなく「なんか政治臭いなー」だった。最後に「戦う」とか書いてあるのがなんとも。
まあ発想自体は理解します。焚書や検閲といった暴走は資料提供の範囲をせばめ,図書館という思想(情報を収集し整理し提供する)そのものの機能を阻害する。確かにそれは問題であり,その動きがあるのなら反対すべきだろうというのはよく感じる。
ただ,「そんなことにかかずらわるより先にすることがあるんじゃないか?」と感じたのも事実。自分はむしろ図書館の実学的な側面の方に興味をもってしまい,使いもしない分類法とかレファレンスの技術とか機械化や電子図書館の可能性だとかばかり勉強していた記憶がある。これはこれで問題なんだろうが;

現実に図書館で働いていると,そんな不当な検閲やらで見られなくなっている資料よりも,自身の未熟や目録の不整備のために確認できなくなっている資料の方が多い。
自主規制的な検閲は確かに問題だが,それよりも灰色文献をどのように入手するかの方が学術図書館としては重要であったりする。

正直なところ,思想としては「図書館の自由」よりランガナタンの「図書館の5原則」の方が好きだ。

第1原則 図書は利用するためにある。(Books are for use)
第2原則 図書はすべての人のために存在する。(Books are for all)
第3原則 すべての本を読者に。 (Every books, its reader)
第4原則 読者の時間を節約せよ。(Save the time of readers)
第5原則 図書館は成長する組織体である。(A library is a growing organization)

特に,よく言われる第五則の「成長する有機体」よりも第四則の「読者の時間を節約せよ」が好き。こここそが「図書館」の最大の意義であるように感じる。

誰だって,ある本を入手しようと思えばできる。たとえばお金を払えば一般に流通しているほとんどの本は手に入る(そういう時代になった,とも言えるが)。確かに世の中に存在しない本は手に入らないかもしれないが,その代替がありえないとは限らない。無限の時間とコストを支払えば,実在していて手に入らない情報はほとんどない。
その前提があってはじめて図書館の価値がある。
その人の一生を費やさなければ入手できなかっただろう文献を入手できるという機会。まったく縁のない,しかし必要な知識を手に入れるのに,頼りに出来る街中の図書館。自分であちこちを調べるよりも,すぐに何を読めばいいか教えてくれる司書。ここにこそ図書館の価値はあると思う。

文献の提供に関して,現代では重要なのは蔵書というバックボーンよりも,目録や書架,レファレンスといったインターフェイスの方が重要になる。その点,あくまで蔵書の問題や利用者のプライバシーばかりを重大とする自由宣言は,正直なところあまり好きではない。

(ちなみに無料原則も実は嫌い。なんというか,サービスの幅をせばめてしまっている気がする。無料であるがゆえに価値のあるサービスもあるが,そのために有料であっても望まれてるサービスが阻害されるのは不適切だろう。自由原則の第3条も同じ問題点をはらんでいる)

前回の感想にも書いたが,自由宣言はあまりに「正論」なのだと思う。
言っていること自体は間違ってはいない。確かに検閲は正常な情報流通上で忌むべきものだ。たとえば最近の話題の,Googleによる中国国内検閲などは,どうにかならないものかとつくづく考える。
しかしながら,それがすべてに前提する「正義」だとは思えない。
大切なのは,あることについて知りたい人が,その知りたいことを知ることのできること。また,伝えたいものが,知るべき人にそれを伝えることができること。ランガナタンの第二則と三則。
検閲への反対やプライバシーの保護は,そのための問題を排除するための「手段」であり,現実の目の前の利用者や,いま現在可能なサービスを無視してまで主張するようなことではない。


そのへんで,『図書館戦争』を読んでいる中で違和感をもったのは確かである。あまりに「図書館の自由」を持ち上げすぎている。
もちろんエンターテイメントだから,主軸を「自由宣言」においた以上,ほかの部分に手を出すのは適当じゃない。構成上仕方なかったんだと思う。
けれど何だか図書館がひたすらに「反検閲」機関でしかないような描き方は少し違う気がしたのは確か。序盤は図書館員としての仕事にもスポットが当てられていたが,後半はほとんど「図書館員」より「図書館隊」の物語になって寂しかった。自分の主業務であるレファレンスも,言葉だけで実例は無し。

もちろん,政治が暴走し,あのような状況になったら反対しなければならないとは感じる。だが,それがすべて,ではない。だから『図書館戦争』での図書館の描かれ方に違和感はあり,手放しに肯定できる作品ではないのは感じていた。


ただそれでも,一読者としていい作品であると思えたし(現在のラノベの水準でも高い方),また図書館員としても(「図書館の自由」をさっ引いても)よく調べてあって好感が持てた。
(というより,むしろそれ以外の図書館関係の作品がひどすぎるというのが実際だが;)

またそもそも,自分のよく知る図書館という舞台が,自分の大好きな特撮ヒーローのように演出されるのは正直面白かった。無責任に無自覚にはしゃいで,という批判はあるのだろうけれど,図書館員でもある読者として面白いという気持ちは偽れない。
県域を越えて資料提供以上の協力体制をとっていたり,それで人事権を自治体から奪って技能のある人を雇えたり,あれやこれやで莫大な予算をゲットしたり。そんな“ありえない”けれど“もしあったら?”のSFにわくわくしたのも確か。その点,完全にファンタジーな「ビブリオン」よりもあきらかに楽しかった。

この作品が「図書館の自由」のプロパガンダに使われるのは正直なところ癪である。
けれど,これで図書館についての認識が変わるのなら,という期待はある。
何より,「図書館員である読者」として,この物語は面白かった。是非是非続編が読みたいと思う。

そういう意味で,この作品はやはりはしゃいでしまうなー,というのが冷静になった今でもの感想であります。
(まぁ,自分新人であるし。未熟なのかもしれないけどなー;)

投稿者 Myrmecoleon : 23:17 | コメント (3) | トラックバック

2006年02月11日

正論の使い方。

有川浩著『図書館戦争』(メディアワークス,2006.3)

『図書館戦争』

あらすじ。

国民の無関心を背景に無制限の国家検閲を定めた「メディア良化法」に対抗し,「図書館法」が改正され「図書館の自由宣言」を立法化。重火器まで使用しあらゆる出版物を取り締まろうとするメディア良化特務機関に対抗するために,図書館もまた武装した。不当な検閲に対抗するため,図書館は日々,文字通りの「戦争」を余儀なくされる。
かつてメディア良化法の検閲より大好きな本を奪われそうになった少女・笠原郁は,それを救った一人の図書館員に憧れ,自身もまた図書館員を志す。軍隊さながらの研修を終えた彼女は,メディア良化法との戦いに直面していく……

「君たちは――公序良俗を謳って人を殺すのか!」

しばらく前から図書館界隈で少し話題になっていたこの本。発売日と聞いていたので,仕事帰りにちょっと遠い書店まで足のばして買ってきちゃいました。
そして読む。うわ,これけっこう面白いぞ!?

表テーマは「戦う図書館員」。裏テーマは「正論の使い方」ってところでしょうか。
検閲組織と(文字通り)戦闘を繰り広げる図書館員たちの人間模様を描きながら,「正論」(正しいこと)を言うことの意味や危険が上手く示されてます。正論(一見正しいと見えるようなこと)を言って大事な本を奪い去る検閲組織に対し,正論(図書館の自由という理想)をかかげて戦う図書館員たち。しかしその内部でも本音と建て前がちらほら。

「正論は正しい,だが正論を武器にする奴は正しくない,お前が使ってるのはどっちだ?」

正論は他人を責めるためにあるのではなく,自分を戒めるためにある。人間関係のもつれの中でこれを述べさせながら,検閲や規制の問題の批判になっているというのがなかなか上手い。
物語もなかなか楽しめて,続編が期待できます。どのキャラもいいなあ。次は大学図書館の人とかも出して欲しいなー。

図書館関係もなかなかよく調べてあって好印象。というか,むしろ業界の人しかわからんぞこんなネタ,ってのが多数。日野市立図書館とか言ってわかる一般の人がどれだけいるのか。
あと,多分構成上の都合ででしょうが,配架とかレファレンスとか著作権とかの基本的なところが省略されてるのは残念でしたかね。

しかし,よくよく読んで思うことは,本当にメディア良化法みたいなものが施行されたとして,そのとき現実の図書館は戦えるのだろうか,ということ。
そもそも図書館法の改正にこぎつけるのも難しいだろうし,地方自治体から全国的な連合組織に移行するなんてどうすればできるのか。銃器の使用は冗談としても,真に「図書館の自由」が犯されたとき,作中の図書館員たちと同じ情熱をもって我々は戦えるだろうか?

もしそれができないのなら「図書館の自由宣言」なんて,理想だけで実のない「正論」に過ぎない。

「選ぶべきものを選ぶときに選び方を躊躇する奴は口先だけだ」

作中である老人は「本を守ることを謳って人を殺すのか」と迷い,それでも規制に抗うために戦うことを決めた。
真に戦わなければならないとき,我々は迷うことさえできるだろうか?

投稿者 Myrmecoleon : 01:32 | コメント (398) | トラックバック

2006年01月28日

仕事系: Webcat Plus が一本化先延ばし。

2006/1/27  2005年度中にWebcat Plus と Webcat を一本化することは、見送らせていただきました。
Webcat Plus トップページより(2006/01/28 現在)。

↑なんか Webcat Plusが旧バージョンのWebcatと一本化する話が先延ばされたらしい。

・・・・・・いや,なんで?; 理由がどこにも書いてないよ?

まぁ,Webcat Plus はデフォルトのトップページが連想検索なのでとまどいやすいとか,一致検索モードもデフォルトで雑誌のチェックがはずれてるので一手間多いとか,インターフェイス的に妙なトコがあちこちあるんですけどね。わたしゃ利用者に説明するときは毎度「このリンクひらいて,一致検索の方にいって,忘れずに雑誌のチェックいれて」と説明してますし。めんど。

とはいえ,中身のデータは完全に上位互換なワケで,さっさと一本化しちゃえばいいのに,と思ってたのだけど。まぁ,してもしなくても利用者的には同じだけどさ・・・・・・んー,なんでだろ。

投稿者 Myrmecoleon : 22:31 | コメント (158) | トラックバック

2006年01月09日

書物の価値の測り方

オーウェン・ギンガリッチ著
『誰も読まなかったコペルニクス 科学革命をもたらした本をめぐる書誌学的冒険』 (早川書房,2005.09)

『誰も読まなかったコペルニクス』

大学の生協にてしばらく前に購入。しばらくかけて,やっと本日読了。
コペルニクスが地動説と呼ばれる学説について述べた『回転について』がどのように“読まれて”いたかを知るために,著者は約30年をかけてこの著作の現存する(orした)初版・第二版のほぼすべてを調査した。その道程を読み物風に書いたものの邦訳。
自分は知らなかったけれど,はっきりいってとんでもないことしてたんだなあ,という感想。
まだまだOPACだのは整備されていなかった時代。世界中の図書館の目録をあさり,無数の書籍商に問い合わせ,知人の研究者の噂を聞きつけ,それで現物を見に行ったら別物だったりする,そんな有り様w それでも地道な調査の結果,ティコ・ブラーエに冠されていたいくつかの発見が無名の天文学者がコペルニクス本に書いたメモのパクリだったとか,ケプラーとお師匠がコペルニクスの仮説について議論してたとか,さまざまな科学史的発見がなされていく。読んでいてなかなか興奮します。
天文学,科学史,および書誌学あたりに興味のある方には普通に面白いのでオススメ。また,本というものがかつてどう読まれていたのか,メディア論的な読みにも向いてるかと思う。本の書き込みがあちこちに伝達されて,ついにはさまざまな著作を生んでるあたりなんかは,ミーム論とか外山滋比古センセの論説なんかとも絡む感じで面白い。人によっては,コペルニクス本さえ旅先のメモ帳扱いだったというのも面白い。

個人的には,コペルニクスの時代は本というのは単に複数枚の紙を出版するだけで,装丁だのは買った人それぞれが業者を雇ってやらせていた,ってのに驚いた。あの時代の本は,同じ著作であっても,一つとして同じ装丁の本はなかったらしい。装丁の模様なんかで誰の所有だったかわかるとかなんとか。
本のデジタル化が進んで,むしろ紙の図書は金持ちの道楽になりつつある昨今,もしかしたら未来の図書もこういうふうになっていくのかも。それこそ中身はデジタルデータからオンデマンド印刷で,それを装丁業者にまわして,「おれの涼宮ハルヒは革装だぜー」「うちのなんか金箔よー」みたいな。そういや革装版『空の境界』とかあったなあ・・・・・・。

投稿者 Myrmecoleon : 20:35 | コメント (159) | トラックバック

2005年10月27日

外山センセと「耳をすませば」

柊あおい著 『耳をすませば』 (集英社,2005.07 集英社文庫)

外山滋比古著 『外山滋比古著作集』3 異本と古典 (みすず書房,2003.03)

『耳をすませば』

『外山滋比古著作集』3 異本と古典

われわれは,いかにも無造作に“ものを読む”というが,本当に読む意味を考えることは稀である。読むというのは,目に見えないコピーを頭の中につくり上げることにほかならない。そして人間はだれひとりとして,まったく同じ反応をする者はいないから,同じ作品についてまったく同じ理解をすることは考えられない。似ているようでも,こまかいところを見れば必ず違っている。完全に同じコピーはないということである。
外山滋比古「コピー」 - 『外山滋比古著作集』 p.20

先日,「耳をすませば」の原作を読んだ。映画で見たものよりも強い印象を受けたのは面白かったが,さらに面白いのが,この少女漫画と宮崎映画との関係である。

「耳をすませば」は,図書館関係者では,カード式貸出についての不理解を与える憎き作品として知られている。ヒロインと彼氏が出会うきっかけになるのが,図書館の本にはさまれた貸出カードであったわけだが,現在ではこれを学校図書館以外で見つけるのは困難である(使用されてないものはうちの書庫などでも見かけるが)。なぜ廃止されたかというと,これは至極当然なことで,要するにプライバシーの問題。わりと前の話なので,個人情報保護が叫ばれてる昨今,むしろ図書館はそれを先んじて行ってきたわけだ。保護がずぼらだったおかげで生まれてきたロマンスもまぁあったんだろうが,それが「最近の図書館は冷たい」という批判の材料になるのは,という声があるらしい。
自分もカード式を体験してきた世代で,自分の図書カードだけ何枚も重ねた分厚いのになっていくのが妙に誇らしかったのを覚えている。自分は誰かを見つけたことはなかったが,自分を見つけた誰かはいたのかもしれないな,といまだとわりと気楽に思える。でもまぁ,バーコード式やら電子タグやらの方が便利と言っちゃあ便利ですよ。カードの紙ももったいないしなあ,

閑話休題。

まぁ,図書館屋的にはそういう複雑な思いのある映画なのだが,改めてこの作品の出生を知ると,むしろ別な意味で重要な作品なのかもしれないと思える。

そもそもこの作品,「りぼん」で連載されたものの,四回で打ち切られた不運な作品であった。アニメ化どころか,単行本化がやっと。作品の出来不出来より,テーマが当時の少女漫画向けでなかったとか言われているが,まぁ少女漫画の空気はあまりわからない。
そんな不運な漫画を,ひょんと見つけたのが宮崎駿氏であった。彼が使っていた長野の山小屋に,ちょうど「耳をすませば」の掲載された「りぼん」が転がっていたらしい。しかも,四回のうちの一回分のみ(しかも間の回)。これを宮崎氏が手に取り,読んでみて,面白いと思った。また翌年読んで面白いと思った。しかし前後の回の載った号はそこにはなく,宮崎氏は作中の彼女と彼がどんな風になっていくのかを,想像することしかできなかった。そしてある日,彼は

「これを映画にしよう」

と決めたのである。

面白いのが,その後に完全なかたちでの『耳をすませば』を読んだときの宮崎氏の言葉である。彼は“これは自分の話と違う”と言ったらしい。まったく勝手な言葉だが,これこそ「目に見えないコピーを頭の中につくり上げること」の好例だろう。

映画となった「耳をすませば」は,この宮崎氏の妄想海賊版をもとに,本来の原作である柊あおい氏の漫画もできるだけ残して,そうして作り上げられたものであったらしい。はっきり言ってしまえば同人誌のようなもので,まったくの「二次創作」である。

まぁそもそも,漫画であったものをアニメに映画にするというのは,常に作品の翻案であり,法的にもちゃんと二次創作物であると認められている。同人誌がたまに問題にされるのは,それが作者の黙認を前提にして売り捌かれているためで,しっかり許諾を得た上で作られたこの映画や,あるいは頭の中にしかなかった宮崎氏の海賊版についてはなんら問題はない。問題はないが,これらは具現したかしないか,著作権者に認められたか認められていないか,そうした点を除けばまったく同じものであるといっていい。

外山氏の論は,こうした作品のコピー,同人誌的なものも,鉛筆でトレースした写本も,あるいは本当に商業的利益だけを目的にした海賊版も含めても,さまざまなコピーが作られるということは,むしろ芸術においては当然の営為であるということである。

文芸の世界は,コピー・模倣・パクリを恥知らずな行為として罵倒する風潮がある。上記した同人誌の問題,あるいは近くは「のま猫」に象徴されるネットコミュニティとビジネスの問題,あるいはP2P技術を背景とした違法コピーの横行。確かに,自分たちの子供のような著作物を使って勝手に儲けているというのは気持ち悪いものかもしれない。同人誌などで自分の愛したキャラクターが無惨に蹂躙されているのは耐えられないかもしれない。もちろん,そうした感情論でなく,純粋にビジネスとして,さまざまな模倣・コピーを否定する場面も多いだろう。

とはいえ,「耳をすませば」に見えるように,むしろ著作物はコピーされていくことが常態である。そもそも本を読むということ,音楽を聴くということそのものがコピーである(特に電磁媒体について,これは比喩以上のものである)。それを禁止することは,それが著作物であること,何らかの表現であるという事実自体を否定する。

著作物は表現であり,表現とはメッセージを他者に伝達する行為,つまりコミュニケーションである。芸術は例外なくコミュニケーションの手段である。コミュニケーションは送り手だけでは成立しない。受け手が著作物を受け取ることは,同時に自身の中にそのコピーを作り出すことと不可分である。そのコピーは同一ではありえず,しばしばさまざまなノイズを交えて,オリジナルには語られていないこと,オリジナルと矛盾することすら包含する。

映画「耳をすませば」はヴァイオリンの技師になろうとする少年と洋楽に詞をつける少女の物語であるが,原作では少年は絵描きを志す少年で,少女は音楽とはほとんど触れ合わない(ずっと小説を書いている)。部分部分を取り出せば(当然)似ているのだが,あらすじを見ると別の話であることがよくわかる。宮崎氏の受け取ったコピーは,原作とはまるで別の物語を作ったのである。それが視聴に耐える作品となったのは彼の作家性に起因するところもあるのだろうが,行為そのものは決して特別なことではない。読者は誰もが自分の中の「もうひとつ」を抱く。そしてある者は,宮崎氏と同じように,それは「何か」として吐き出したいと思う。

享受によるコピーの生成と,コピーへの愛着による「再生産」の営み。これは「読書」の,そして芸術の,あるいはコミュニケーションという作業そのものの必須的な作業である。特に言葉による芸術,文芸においては,これはそもそもが根幹的な事柄でもある。

日本文学史で一般にいちばん最初に上げられる作品は「竹取物語」である。日本最大の物語のひとつ「源氏物語」において「ものがたりのいできはじめの祖」としてあげられていることがその主な理由であるが,その作品がそもそも「パロディ」であったことはあまり知られていない。竹取物語の筋は日本各地に残っている天女伝説の変形で,それだけなら口承に材をとったという程度に感じられるかもしれない。しかし竹取はそれに加え,ところどころに当時の宮廷へのあまり品の良くない皮肉が含まれている。求婚者の五人にはそれぞれモデルがあり,それぞれの失敗は,彼らを風刺したものである(後代においてそれが理解されず,単に面白い物語として享受されたところなどは,もともと政界の風刺話でしかなかったガリバー旅行記に似て面白い)。日本文学はパロディから始まっている。源氏をはじめとするその後の物語文学はすべて竹取の手法を真似たパロディであるし,物語以外の文学の流れは中国の文化の影響が強い。

とはいえこれは日本に限った話ではなく,ホメロスやギルガメシュ叙事詩など,多くの国において最初の文芸は神話や伝説のパロディである。これもまた特別なことではない。口承の文芸,昔話や伝説は,そもそもコピーされることでしか伝達されない性質のものである。当時の人々にとっては,普段は口伝えで披露してきた話を,たまたま文字を覚えたので紙に書いた,それだけの話であった。紙に書いた話が面白かったから別の紙に書き写し,その作業が困難であったから印刷を覚えた。やがて今ではその印刷した本が売れて,勝手に印刷されては儲けに響くから版権が生まれた。文芸と著作権の歴史とはそういうものである。本来的には,著作物は無限に模倣されてしかるべきであり,それが自然で推奨されたことだった。

それがなぜ現在は規制され問題視されるかといえば,人はに著作物を誰かに伝えたいという気持ちがあれば,その伝達をコントロールしたいという欲望もある,ということだろう。

自分の書いた物語が誰かに読まれるのは素晴らしいことだ。しかし,それが知らない誰かの作品として並んでいるというのは気持ち悪いだろう。あるいは自分の書いた覚えのない作品が自分のものとして並んでいたら? あるいは隠しておいたはずの詩が出版されたら。本が出ても,その売り上げの一端も手元には来ないとしたら。ビジネス面での訴訟も,これの延長と考えていい。自分のところで育てた作品,盛り上げてきた購買意欲,次なるビジネスチャンス,それを邪魔されるなんて,と。

だから管理したい。どれだけの人が読み,不当な方法で読んでいる者がいないか,勝手に利益をあげている人間はいないか。“自分の”物語を,誰かに汚されてはいないか。自分が受けるべき賞賛を,誰かに奪われてはいないか。著作権の根本とは,表現の管理への意思だろう。本来はそこら中に飛んでいってしまう「言葉」というものを,なんとか鎖をつけて飼い慣らしたい。それは不遜な考えだが,しかし理解できる感情でもある。

図書館という仕事は,この管理への意思の垣根の上に立っているサービスである。今日もある図書館から「図書の中の論文の文献複写は受けられません」というクレームが届いた。実は著作権法を読むかぎり,論文集のような一冊の図書に複数の論文の書かれているタイプの本の場合,そのうちの特定の論文全体のコピーは,著作権者の許諾がないかぎり行うことはできない。著作権法を厳密に執行する場合,百科事典の一項目でさえも,その全体をコピーすることは本来は許可されていない。雑誌の論文の場合は例外的に可能であるが,これは元々「雑誌のバックナンバーは入手が困難であるから」というだけの理由で,バックナンバーの入手可能な雑誌であるなら論文単位のコピーも断るのが本当だったりする。新聞などもさいきんは過去の記事を入手する手段がいろいろあるため,新聞記事のコピーも禁止される可能性がないわけでもない。
とはいえ,おそらくほとんどの図書館では,論文集中の論文のコピーも,百科事典からのコピーも,バックナンバーの入手可能な雑誌のコピーも認めている。それはそうしたニーズがあるからであり,またその行為が,著作権者に不当な不利益を与えるものではないと認識しているからである。
著作権法は上記した「表現を管理したい感情」を,法的に保護する法律である。図書館員もまたこの法律を尊重し,「表現を管理したい」という著作者の感情を認め,それを保護する。
だが同時に,図書館員は利用者=読者の「本を読みたい感情」,上記の比喩でいうなら「表現を自分の中にコピーしたい感情」をも認め,それを保護している。また,著作者が本来もっているだろう,そして著作物自体が望むだろう「読まれたい」という気持ちを保護する。本を「読む」行為には当然コピーの再生産も含まれる。自身の中の不完全なコピーでなく,完全なコピーを所有したいという感情は,ある意味「正確に著作者の表現を受け入れたい」という気持ちの表れと好意的に解釈することもできるだろう(まぁ,“買え”ばいちばん丸く収まるのだが;)。
図書館はこれら双方にはさまれた機関といえる。一方は読みたいといい,もう一方は勝手に読ませるなという。著作者の権利は確かに著作権法に保護されている。しかし,読者の権利を保護する機関こそ図書館である。そして著作自身は,おそらくは読まれることを欲している。これら両者にはさまれながらも,本と読者との出会いを招き,やがてより多くの本や表現の生まれることを願って,図書館員は,少なくとも自分は仕事をしている。

著作物は,表現は,芸術は,“本は”,
読まれなければ,コピーされなければ,模倣されなければ,
「生き続ける」ことはできない。

本を書く行為は,子供を産むことにしばしば例えられる。
子供を管理したいという気持ちはわかるし,それが正当である場面は多い。子供が危険な世界に関われば,彼の可能性が閉ざされるのではないか。そういう心配は,決して悪意ではない。
だが,もっと自由でもいいのではないか?
子供は勝手に生きていくものであり,むしろそうであるからこそ,子は親の想像を超えた存在になって,親も想像しなかった仕事を果たしていく。そういうものではないか。

「耳をすませば」は幸福な場所にさ迷いこんだ子である。彼は宮崎氏という得難い「第二の親」を得て,映画というもう一つの生を与えられた。しかし,彼ほど上手ではなく,つたない表現でしか,本来の親に認められない形でしか再生産をできない「第二の親」はたくさんいる。彼らの子はいつまでも日陰でしか遊べないのか。
「のま猫」はむしろ,多くの親に可愛がられた子猫が,突然誰かに首輪をはめられた事件だろう。モナーに新しい兄弟ができた,と喜んでやることもできたのだろうが,やはり金銭と絡むと難しいものらしい(まぁ,あれは完全に既に公有物化した著作物の二次創作であるから,著作権や商標権を主張するのは難しい。FLASHや個々の絵自体には一応著作権あるけどねえ)。
クローンのような子しか生まれない電子コピーを同列に考えるのはどうなのか,とは自分も思わないではないのだけれど,著作権者の怠慢によって表現を伝えられない人々に,表現を伝える方法がそれしかないのなら,ある程度は許容されてもよいのかな,とは思う(たとえば絶版レコードのMP3やら,関東ローカル番組の動画やら,マイナ言語のファンサブやら)。前も感じたが,著作権者には著作物を管理する権利と共に,それを求める人々に届ける義務もあるんではないかなあ。ビジネス的にそれができない場面を,無償で違法と知りつつ実行している人々は,たとえ犯罪者であってもヒーローであると思うよ。でも本当に欲しくて手に入る物は買えよ。

「耳をすませば」は図書館を中心にした物語だが,その在り方についても,図書館的に(というか,表現全般に関わるすべての人にとって)けっこう重要なのではないかな,と以上のように感じたわけでありますよ。
しかし原作の「耳をすませば」ほんと面白いですな。自分の印象では映画より面白かった。でもそれは映画を既に見飽きてたせいで,案外改めて映画を見直したらまた評価が変わるかも。どうでもいいけど,「耳をすませば」って二種類図書館出てたのだなー(県立図書館と学校図書館)。映画はどうだったっけ? 気づかなかったわ。

投稿者 Myrmecoleon : 23:59 | コメント (365) | トラックバック

2005年07月11日

司書たるもの。

myrmecoleonは司書というお仕事をしています。
たまに同業者のブログを見たりするのですが,なかなか考えさせられることがあります。

何をもって司書といえるのか。
図書館は何のためにあるのか。
われわれは十分に仕事ができているのか。

普段の仕事をこなしていると,こういうことを不意に忘れそうになりますね。
しばらくこの手のサイトまわりは無沙汰だったのですが,また再開しようかな。


わたしは,図書館というのは「知に出会う場所」だと思っています。
そして司書とは,その出会いを助ける仕事でしょう。

図書館の業界では有名なランガナタンという人は言いました。
「いずれの読者にもすべて、その図書を」
「いずれの図書にもすべて、その読者を」

図書と読者とが出会う場所を提供することこそ,
図書館というシステム,司書という仕事の,最大の目的といえます。
かつては図書は「知」をもっとも象徴する存在でした。
しかし,既に旧来の図書は「知」を代表するとはいえないでしょう。

自分は,単に書棚の器としての図書館というものは,
あと十数年のうちに,無くなるとは言わないまでもかなり縮小すると考えています。
たぶん,「本」というメディア自体の寿命がそのあたりまでではないでしょうか。
十年後に,本という形式が好事家の趣味以上に普及しているか,
と考えれば,現状のままの「図書館」が存在し続けることは困難です。

けれど,「図書館」という思想は,
本という形式にとどまらず,もっと普遍性のあるものだと思うのですよ。
知を集積し,整理し,それを求めるものへ,より的確な形で提供する。
万人が全知全能の存在になれないとしても,
知ろうという意思さえあれば,誰もが知ることへの道が開かれているという理想。

そのための手段は,必ずしも現在のような図書館という形じゃなくてもいい。
たとえばGoogleがやろうとしているような,
図書領域にある情報をインターネットに引き込む作業が成功するなら,
インターネット上のサービスを駆使するだけでも図書館的なサービスを提供できる。
それが図書館の代替となるだけの「出会い」を見せてくれるなら,
また,社会がそれを受け入れるのなら。
図書館はやがて,そういうネット上の“子ども相談室”のような存在になっていくのかもしれない(もちろん,それを「図書館」と名づける必要はないのですが)。

手段はなんでもいいのです。
「知との出会いの場が万人に開かれている」という理想に,
「成長する有機体」として,あらゆる方法を模索しつつたどりつけばいい。

自分は,そんな理想を信じてる馬鹿野郎です。
そしてその理想のために,
もてる力のすべて,知りうる技術のすべてを尽くして,少しでもいいから近づきたい。

それが初心だったな,とふと思い返した次第。

結局のところ,図書館にしろ貸出にしろ無料原則にしろ(業界以外の方失礼)
あくまでこういう理想を達成するための手段なのですよね。
別のより有効な手段が考えられるなら,
それが無料の原則に反するとしても実行する。
もちろん,使えるものなら何でも使っていくし,
コンピュータやWebサービスについては誰よりも詳しく使いこなせなくてはいけない。

社会にありうるあらゆる技術やサービスを駆使して,
それを駆使できないような人々が「知」と出会う手伝いをする。
そのための手段は書庫に本を蓄えること以外でもいい。

ただひたすらに,この「知」との出会いを起こすための仕事。
それが司書なのだと思う。
であれば,「司書たるもの」といえるだけの条件とは,

この馬鹿げた理想を信じ,そのためにあらゆる物事に通じ,理解し,駆使し,
そこに全力を尽くす覚悟をすること。

こんなところになってしまうのかな,と。


実際問題,理想的な司書っていうのは,理想的なサラリーマンでもあるのですよね。

コンピュータを自在に使いこなし,必要なツールの開発までできる。
さまざまな情報に通じ,最新事情も常に把握している。
どんな課題にも短時間で応えられ,しかも的確。
顧客が何を欲しがっているか,すぐさま察知できる。
どんな込み入った事柄も分かりやすく説明できる。
ついでに法的知識も語学も堪能,金勘定もOKで,しかも営業やロビー活動にも秀でていてウケもいい・・・・・・

いねえよそんなスーパーマン; と。

まぁ,理想と覚悟。自分の感覚だと,司書らしさというのはこんなところに落ち着いてしまうなあと。また,抽象的な話ですが。
とはいえ,こんな宗教モドキじゃ社会への説明はできませんしねえ。そもそもこちらが考えるほど,人々は「知」だのに会いたがってないのか。そんなことはないと思うのだけど・・・・・・やっぱこちらが下手糞なだけなのかなあ。まぁ,また考えましょ。

投稿者 Myrmecoleon : 21:59 | コメント (560) | トラックバック

2005年05月02日

『消滅する言語』と図書館員の出来ること。

ディヴィッド・クリスタル著『消滅する言語』(中央公論新社,2004.11 中公新書)

しばらく前に買って積ン読になっていた本。
ちょっとした事情で言語学関係の興味がわいたので読む。


ある言語学者がある言語を話す最後の話者を尋ねると,
彼女は2時間前に亡くなったと聞かされる。そんなことの繰り返し。

著者の試算では,いま2週間に1つのペースで言語が消滅しているという。
単語のレベルの問題ではない。日本語や英語といったレベルでの言語が消えている。
現存する言語は約6000(±2000)。今後100年で,この半数の言語が消える。
その現実,その脅威,その前で我々が何をすべきで何ができるか,その慨述である。

言語危機というこの現象についてまるで知らなかったわけではないけれど,
実際を知ると,やはり戦慄する。

自分のかつての専門である民俗学,たとえば口承文芸研究にも似たような状況がある。
ある地方の昔話を話せる話者は年々減っており,
苦労して見つけた話者も,翌年にも話を聞けるとは限らない。
こちらは言語以上にスパンが短いし,言語以上に重大事とは見られていないだろう。

まして,言語がなければ口承文芸もありえない。
言語の消滅は,
無数の物語の消滅であり,
その背後にある無数の人々の,営為の消滅である。
人々の気質,生活風土,歩み続けてきた経験,
それらと密接結びついたかけがえのない言語。

言語という地盤と引き替えに,
鬱蒼としたジャングルは奈落へと落ちる。


この本に書かれているのは,そんな「言語の死」と必死に向かい合う言語学者たちの意志である。

救うべき話者たちに誤解され,罵倒されていく葛藤。
倒れていく人々を前に,言葉を書き留めるだけという矛盾。
活動の意義さえ理解されず,無関心が機会を踏みつぶしていく孤独。
正義の味方よろしく,助けられる言語は選び取られた言語だけであるという自問。
文化への介入が正しいのか,このまま自然に任せて待つべきではないか,そんな正論さえ,覆しきれない苦悩。
そしてそんな苦悩とは無関係に,
一つまた一つと言語が消えていくという現実。

確かに,紛争・貧困・疫病・圧政・災害,そんな身に迫る脅威と比べて,
言語の問題など,些細なことかもしれない。
言語などは二の次三の次。一冊の辞書より,一斤のパンを。
それはすごくまっとうな意見だろうと思う。

けれど,失われてしまったものが二度と取り戻せないのは,
人の命も,希少な動物も,そして人の営為の果てにある言語も同じである。
たとえ幾つもの問題があるとしても,
自分は彼らのような活動を,大いに支持したい。


さて,では言語の危機を理解したとして,では我々に何ができるのだろうか?
もちろんこの本にはそのことについても書いてある。

たとえば,言語の死を引き起こす明確な原因の一つが貧困である。
話者たちの社会に経済支援し,産業などを盛り立てていくことが有効である。

また,危機言語話者たちの意識の改革も重要だ。
ときに自身の言語に否定的であることがある。
彼らに語りかけ,その認識を改めさせていくことも大事だという。

あるいは,言語教育のための準備。
内部からの,言語を教育でき,あるいは研究できる人材の発掘と育成。

もちろん,政策や法制度に対しても活動していくことが大切だろう。


だが,こうしたことはそれなりの訓練を受けた言語学者であったり,
政治的・経済的な力のある人間しかできない作業である。
ここで,自身の図書館員という立場をふまえて考えてみるとどうだろう?

たどりつくのは,この問題が人々に理解されていないという現実である。
言語危機の問題は,言語学者と,一部の運動家や知識人,
そしてたまたまそれを知った自分のような人間くらいにしか共有されていない。
それは教育やマスコミなどの問題でもあるのだろう。
そして勿論,我々図書館員の責任でもあるのかもしれない。

だから,この問題を知らせるということ。
こうした問題を理解し,どのような資料があるかを把握し,
それを利用者の目に触れさせ,提供していくということ。
それが図書館員にできる唯一の,そして最大の貢献であると思われる。

無論,現実の危機言語と近い距離にある図書館であれば, もっと別の貢献もありうるだろう。
単に発行された文献を蓄積するのではなく,言語学者などと協力し,
その言語の記録を発掘し,また新たな記録を作成し,地域資料として提供していくことも重要である。
もっと広い幅で考えてみれば,地域の方言を集めるような業務も,
こうした危機言語への予防の一端であるのかもしれない。

近年,図書館でも「多言語サービス」というものが言われている。
危機言語に対する取り組みは,その延長,あるいは一部といえるものかもしれない。
その意義を理解し,実行していくことが大事だろう。

この本を読み,そんなことを考えた。


関連リンク:
wikipedia: 危機に瀕する言語
日本語で読む「危機言語」
NPO法人 地球ことば村・世界言語博物館


あと,この本の書評なんかもちらほら見つけたけれど,
トラックバッグの方法とか作法がよくわからんので以降。

投稿者 Myrmecoleon : 21:26 | コメント (43) | トラックバック

2005年03月08日

P2Pと図書館

今日の注目ニュース:

Winny被害の実態とiPodケータイのススメ

公貸権問題への浦安図書館の反論を思い出しますね。
Winnyでよく出回っている音楽CDほど売れている,特に負の相関はない,という研究結果が出たらしいです。
著作物の流通を規制することで利益を得るのは,ダムで無理やり水の流れをせき止めて電気を作ってるようものなのかも。口承文芸の領域では二次コピーなんて当然ですし。

やはり,著作物に関する考え方自体を改める時代が迫っているのかも。
音楽も本も,誰かに伝えるために作ってるんですからね。伝わる機会を減らすことを努力するのもねぇ。

(ま,それはそれとして,なるべく守りましょうね著作権法)
(なんだ,とってつけたかのように)

追記:

しかし,こういう結果が出るあたり,P2P共有と図書館って似てるのかも。
ILLだってこういうものでしょう? どこで誰が持ってるのかの情報をまとめて,交換を申し込んで入手する。Winnyなんて欲しいものを登録しておくと自動的にダウンロードしてきますからねえ。どっかで聞いたような機能です。
もちろん公的にやる以上,著作権や企業の利権を無視することはできません。でも,自館のHDDに文献を入れておくと,自動的に目録がネットワークに流れて,必要な利用者が自由にダウンロードできる仕組みができたなら? 査読に変わる評価システムが確立されれば,そうした学術情報サイクルもありえないわけじゃないのかもしれません。

『iPod shuffle』でオーディオブックを貸し出す図書館

昨日のニュースで昨日も見てたんだけどまあ注目どこ。
電子ブック(これは朗読ですけど)貸し出しのための方法として,非常に面白い。
一種の開架書架と考えればいいのかな? 人気のない本は入れ替えちゃえばいいわけだし。
盗難が怖いですけどねー。うちの職場なんかじゃ難しいかな?


台湾、反国家分裂法案を「武力併合の意図暴露」と非難

国際問題としてはちょっと面白かったのがこれ。
何がいいって,政府が台湾を支持してるところでしょうか(逆だったらもう。。。)

図書館の人としては戦争勘弁ですけどねー 学徒動員も洒落にならんし。
でも言うべきことは言うべきだし,不当な扱いに毅然とした態度をとるお隣りさんを邪険にしちゃあいけません。

投稿者 Myrmecoleon : 21:31 | コメント (26) | トラックバック

2005年03月06日

図書館員のための便利サイト・1

GeNii [ジーニイ]   NII学術コンテンツ・ポータル

定番ですね。NII等の便利なサイトが随時更新されてるポータルサイトです。
大学図書館であればWebcatは必須でしょう。
雑誌記事索引も検索できるようになったCiNiiは国内論文検索の基本になるかと。

NACSIS-CAT/ILL : 目録所在情報サービスホームページ

上記のWebcatなんかに使われてるNACSIS-CAT/ILLのページです。
サポート→便利なツール にある参加組織検索とか元号変換なんかが便利だったり。

Cyver Librarian : 図書館員のコンピュータ基礎講座

図書館員向けのコンピュータ関係解説です。情報処理系の資格をとるのにも便利かも知れない(わぁ。
ただし,あくまで基礎講座という位置づけなので,実際にサーバを構築したりプログラムを書いたりするまでの解説はしてくれません。


図書館員のための電子ジャーナル登録マニュアル

大学図書館などでさまざまなタイプの電子ジャーナルを使えるようにするまでの業務解説です。
やはり新しい業務をこなしていくには,館を超えた実務レベルでの情報共有が必要かもしれません。

AUL's Private Page.

愛知大学図書館さんの館内向け業務支援ページです。
NC MARCIDから直で所蔵館のサービス状況のわかる「ILL Order Helper」が便利かも。
ILL担当者必須ですね。

私立大学図書館協会 相互協力ハンドブック

相互協力研究分科会さん作成のILLハンドブックです。
海外ILLに関する役に立つ知識がたくさん。
職場に誰も海外ILL経験者がいなかったんで,担当時代はかなりお世話になりました。
こういうの,もっと活発に更新していく方がいいんでしょうねえ。

BEST LIBRARIAN...

図書館員向けの掲示板サイトです。こちらは公共図書館向きですね。
図書館員相互のQ&Aサイト,って感じでしょうか。
知らないだけで,こういうところはけっこうあるんですかね?
とりあえず見つけたばかりでほとんど読んでません。


とりあえず思いついた範囲で。

投稿者 Myrmecoleon : 21:02 | コメント (196) | トラックバック