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2006年02月18日
「図書館の自由」に関して - 『図書館戦争』感想・その2
有川浩著『図書館戦争』(メディアワークス,2006.3)
前回の感想をふまえて。改めて書いてみる。
某所で以下のような意見を見る。
>読者としてはしゃぐのはかまわんのだけど,決して図書館員としてはしゃいではダメだす。業界はそんな脳天気な気分でいる状況ではない
ああ痛いっ;
いや,「図書館の自由」の部分ではしゃいでたわけではないのだけど。でも少しはしゃいでたかもしれない。
ただ,前回の感想を書いていた時点でも,実は感じてなかったわけじゃない。「正論」に関する思いつきでずんずん進んでいってしまっただけで,作中も含めて,違和感はあった。
図書館の自由宣言(正しくは「図書館の自由に関する宣言」)。
そもそも学生時代にこの宣言について知ったとき,自分の感想は「わあ,それは素晴らしい思想ですね」ではなく「なんか政治臭いなー」だった。最後に「戦う」とか書いてあるのがなんとも。
まあ発想自体は理解します。焚書や検閲といった暴走は資料提供の範囲をせばめ,図書館という思想(情報を収集し整理し提供する)そのものの機能を阻害する。確かにそれは問題であり,その動きがあるのなら反対すべきだろうというのはよく感じる。
ただ,「そんなことにかかずらわるより先にすることがあるんじゃないか?」と感じたのも事実。自分はむしろ図書館の実学的な側面の方に興味をもってしまい,使いもしない分類法とかレファレンスの技術とか機械化や電子図書館の可能性だとかばかり勉強していた記憶がある。これはこれで問題なんだろうが;
現実に図書館で働いていると,そんな不当な検閲やらで見られなくなっている資料よりも,自身の未熟や目録の不整備のために確認できなくなっている資料の方が多い。
自主規制的な検閲は確かに問題だが,それよりも灰色文献をどのように入手するかの方が学術図書館としては重要であったりする。
正直なところ,思想としては「図書館の自由」よりランガナタンの「図書館の5原則」の方が好きだ。
第1原則 図書は利用するためにある。(Books are for use)
第2原則 図書はすべての人のために存在する。(Books are for all)
第3原則 すべての本を読者に。 (Every books, its reader)
第4原則 読者の時間を節約せよ。(Save the time of readers)
第5原則 図書館は成長する組織体である。(A library is a growing organization)
特に,よく言われる第五則の「成長する有機体」よりも第四則の「読者の時間を節約せよ」が好き。こここそが「図書館」の最大の意義であるように感じる。
誰だって,ある本を入手しようと思えばできる。たとえばお金を払えば一般に流通しているほとんどの本は手に入る(そういう時代になった,とも言えるが)。確かに世の中に存在しない本は手に入らないかもしれないが,その代替がありえないとは限らない。無限の時間とコストを支払えば,実在していて手に入らない情報はほとんどない。
その前提があってはじめて図書館の価値がある。
その人の一生を費やさなければ入手できなかっただろう文献を入手できるという機会。まったく縁のない,しかし必要な知識を手に入れるのに,頼りに出来る街中の図書館。自分であちこちを調べるよりも,すぐに何を読めばいいか教えてくれる司書。ここにこそ図書館の価値はあると思う。
文献の提供に関して,現代では重要なのは蔵書というバックボーンよりも,目録や書架,レファレンスといったインターフェイスの方が重要になる。その点,あくまで蔵書の問題や利用者のプライバシーばかりを重大とする自由宣言は,正直なところあまり好きではない。
(ちなみに無料原則も実は嫌い。なんというか,サービスの幅をせばめてしまっている気がする。無料であるがゆえに価値のあるサービスもあるが,そのために有料であっても望まれてるサービスが阻害されるのは不適切だろう。自由原則の第3条も同じ問題点をはらんでいる)
前回の感想にも書いたが,自由宣言はあまりに「正論」なのだと思う。
言っていること自体は間違ってはいない。確かに検閲は正常な情報流通上で忌むべきものだ。たとえば最近の話題の,Googleによる中国国内検閲などは,どうにかならないものかとつくづく考える。
しかしながら,それがすべてに前提する「正義」だとは思えない。
大切なのは,あることについて知りたい人が,その知りたいことを知ることのできること。また,伝えたいものが,知るべき人にそれを伝えることができること。ランガナタンの第二則と三則。
検閲への反対やプライバシーの保護は,そのための問題を排除するための「手段」であり,現実の目の前の利用者や,いま現在可能なサービスを無視してまで主張するようなことではない。
そのへんで,『図書館戦争』を読んでいる中で違和感をもったのは確かである。あまりに「図書館の自由」を持ち上げすぎている。
もちろんエンターテイメントだから,主軸を「自由宣言」においた以上,ほかの部分に手を出すのは適当じゃない。構成上仕方なかったんだと思う。
けれど何だか図書館がひたすらに「反検閲」機関でしかないような描き方は少し違う気がしたのは確か。序盤は図書館員としての仕事にもスポットが当てられていたが,後半はほとんど「図書館員」より「図書館隊」の物語になって寂しかった。自分の主業務であるレファレンスも,言葉だけで実例は無し。
もちろん,政治が暴走し,あのような状況になったら反対しなければならないとは感じる。だが,それがすべて,ではない。だから『図書館戦争』での図書館の描かれ方に違和感はあり,手放しに肯定できる作品ではないのは感じていた。
ただそれでも,一読者としていい作品であると思えたし(現在のラノベの水準でも高い方),また図書館員としても(「図書館の自由」をさっ引いても)よく調べてあって好感が持てた。
(というより,むしろそれ以外の図書館関係の作品がひどすぎるというのが実際だが;)
またそもそも,自分のよく知る図書館という舞台が,自分の大好きな特撮ヒーローのように演出されるのは正直面白かった。無責任に無自覚にはしゃいで,という批判はあるのだろうけれど,図書館員でもある読者として面白いという気持ちは偽れない。
県域を越えて資料提供以上の協力体制をとっていたり,それで人事権を自治体から奪って技能のある人を雇えたり,あれやこれやで莫大な予算をゲットしたり。そんな“ありえない”けれど“もしあったら?”のSFにわくわくしたのも確か。その点,完全にファンタジーな「ビブリオン」よりもあきらかに楽しかった。
この作品が「図書館の自由」のプロパガンダに使われるのは正直なところ癪である。
けれど,これで図書館についての認識が変わるのなら,という期待はある。
何より,「図書館員である読者」として,この物語は面白かった。是非是非続編が読みたいと思う。
そういう意味で,この作品はやはりはしゃいでしまうなー,というのが冷静になった今でもの感想であります。
(まぁ,自分新人であるし。未熟なのかもしれないけどなー;)
投稿者 Myrmecoleon : 2006年02月18日 23:17
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コメント
ま、やってないクセに愚痴グチと批判するのは誰にでもできますから。
投稿者 wii : 2007年05月14日 02:58
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投稿者 vbgdriuznv : 2007年07月02日 12:30
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投稿者 evzmcepcun : 2007年07月02日 12:30

