« 2005年10月 | メイン | 2005年12月 »

2005年11月28日

月末帰省。

月末,実家帰ります。イベント関係。
ちょいと月末・月初めは仕事的にタイトですが,可能な範囲と読みました。
どうしようか迷っていたけど,とりあえずサーバは動かしたままにしとくつもりです。
わーい,不正とか来たら対応できないぞっと;
バックアップだけとっておくかなあ。

Index of Imaginary Beings(IIB) はちまちまと改造&レコード数増加させてます。
そろそろ一般的なこれ系サイト並の情報量はあるかと。検索力はダンチですし。
東洋系がまだ十分入ってないので,そっちの方は甘め。
予定では帰る前に3000レコードいこうかとも思ったのだが。2700ぐらいが限度かねえ。

投稿者 Myrmecoleon : 00:00 | コメント (275) | トラックバック

2005年11月16日

Darwinの亀が生きてた!?

ニュースソース(CNNREUTER産経新聞

175歳の亀ハリエットの画像。REUTERより

すごいねえ,これ。
ダーウィンがガラパゴス諸島に行ったときに連れてきたゾウガメの子がまだ生きてるとは。
DNA検査までして,間違いなく175歳であることが確認されているとか。本物の迫力。
とりあえず,飼育下でこいつ以上に長生きしてる動物は存在しないらしい。野生動物は一般的に飼育下よりも寿命が短いことを加味すれば,(妙なUMAだのは無視するとして)地球上で最年長の動物なのかもしれない。

ちょっと調べたら167歳のときの誕生日の映像なんてのもありました。ハイビスカスのケーキって,やってることおんなじなのねw
ゾウガメといえば,地元の近所の無料動物園のゾウガメがお気に入りで何時間も眺めてたとか,熱川のバナナワニ園のゾウガメに乗せてもらったのとか思い出します。あれはガラパゴスじゃなくてアルダブラゾウガメでしたが。彼らにも長生きしてもらいたいです。

参考:
http://www.st.rim.or.jp/~samacha/ArtF/Chokisiiku/ChokiS1.html

投稿者 Myrmecoleon : 18:14 | コメント (341) | トラックバック

2005年11月13日

Index of Imaginary Beings 試作

以前言っていたのを,非常にシンプルなかたちでのみ公開。

Index of Imaginary Beings

項目名が見られるだけなので,まだまったく新規性はありませんが,レコード数だけは多いです(ぁ

タイトルの"Index of Imaginary Beings"はこの手のやつの代表であるボルヘスの『幻獣辞典』の英題"The Book of Imaginary Beings"(想像の存在の書)から。それこそ人間がこれまでに想像したどんなものでも範囲に含めるという寛容さがお気に入り。あと,辞書よりも参考文献を漁るための索引を志向している関係で'Index'とした。でも,いちおう仮題。

とりあえず,データの増加と整理,加えてサイトとしての体裁を整えるための作業を今後やっていくつもり。いま2400を越えたとこなので,今月中に3000を目指しましょう。概要を入れてないレコードが想像以上に多いなあ。7割はすでに文章できてるから大丈夫と思うが。完成は,まぁ年度末を目安に。とりあえず形にしてみるとやる気もわくかな,ということで作ってみましたよ。

投稿者 Myrmecoleon : 15:05 | コメント (1) | トラックバック

2005年11月12日

タミフルの副作用

鳥インフルエンザ再流行の問題やらで,さいきん大量確保が求められている薬剤タミフル(リン酸オセルタミビル)ですが,なんかヤバ気な副作用もあるみたいですね。
どうも10代の少年(女性含む)限定ですが,タミフルを飲んだあと異常行動に走るケースがあるらしい。

ニュースソース(毎日新聞)
その被害者家族の掲示板書き込みとレス
リン酸オセルタミビルの副作用の報告(厚生労働省。かなり下の方)
タミフルの概要

効き過ぎる薬にはやはり問題もあるのですね。
タミフルはインフルエンザに対する,ほぼ唯一の有効な薬(注)。
それだけに,こういう例が出てるのはいろいろ複雑なところですな。

注. 一般の市販薬は,免疫作用によって発生する熱やせきなどの症状の軟化を目的にしたもので,「病気に効く」ものではない。例外として,タミフル同様のノイラミニダーゼ酵素に影響するリレンザという薬があるが,これは特殊な吸入器の使用が不可欠なため,あまり流通してないとか。

投稿者 Myrmecoleon : 11:23 | コメント (20) | トラックバック

2005年11月11日

予告のアレ。

期間もたったのでいいかげん書いてみる。予告してたアレ。
ゲーム「Fate / hollow ataraxia」をプレイ後,久方ぶりに思い出した疑問。
それは端的にまとめるなら,
「自分を自分だと思っているこの自分は,決して自分ではありえない」ということ。
わけわからんでしょう。説明します。


デカルトいわく「われ思うゆえにわれあり(Cogito, ergo sum)」。
どれだけ物事を疑っても,疑うという行為そのものに主体が必要なため,自己の存在は疑えない,という説明。
でもこれを,ちょっとおかしいな,と思ったのがそもそものはじまりだった。

小説を熱中して読んでいるとき,あるいは映画やゲームでもかまわない。
何かに夢中になっているとき,
自分が自分ではなく,小説や映画の主人公になっているような気になったことはないだろうか。
島本和彦は「インサイド」とか言ったが,いわゆる感情移入という奴。
おかしいと思ったのは,「われ思う」がこれでないとは言い切れない,ということを思いついたから。

「われ思うゆえにわれあり」。そう思考する自分が実は,
単に『わたしは「われ思うゆえにわれあり」と考えている』という文章を読んでいる読者でしかないかもしれない。
そんな妄想。

この在り方が在りうるのなら,「自分」は思考する主体である必要さえない。
むしろ思考や感情をもつようでは嘘が生まれる。
ただ純粋に,情報を観測するだけの自分,「観測する自己」。
その存在だけがただ一つ,疑い得ないものではないか。

まぁ,「すべては自分が考えているのではない」という仮定は非常にとんでもないものだが,
そういうところはあまり気にならないタチであるので,この思いつきはなかなか気に入っていたのを覚えている。
ただ,何か気に掛かることがあるような気がしていて,それがわからないのが少し気持ち悪かった。


それに気づいたのは,hollowプレイ後それを思い出した翌日。
つらつらつらと,考えてみた。
自分は本当は自分が思考しているという夢を見ているだけだという可能性を考えてみた。
そしてふと「あれ,自分てどっちだ?」という疑問に思い至って,はっきりとわかった。

「観測する自己」の仮定では,自分をそういう存在であると考えているのは,
「自分」ではなく,「自分」が観測している「何か」でしかない。
だが,この「何か」はまちがいなく自分が「自分」であると思って考えている。
しかしこの「何か」が自分だと思って考えている「自分」は,
「何か」ではなく,「観測する自己」である「自分」の方だ。

わかりづらいので,
「観測する自己」を読者,思考している「何か」を物語の主人公にたとえてみよう。
読者は最初,物語の主人公を自分であると思って読み進める。
しかし途中でこの主人公は疑問に思うのだ。
「本当の自分は,この物語を読んでいる読者なのではないか」と。
重要なのは,この疑問は本当の読者ではなく,物語の主人公が出しているということ。
ゆえにこの問いは偽である。しかし,
読者が決して思考の主体でありえないなら,
「自分」である読者が正しく自身を認識するには,この方法でしか「考える」術はない。

気に掛かっていたことというのはこのこと。
自分が本当は「認識する自我」でしかない,と「考える」ことは,
「読者」の視点ではそれは正しくても,
考えているこの「何か」にとって,致命的に誤っている。
つまり,
「自分を自分(=観測する自己)だと思っているこの自分は,
 決して自分(=観測する自己)ではない」ということ。

「観測する自己」という妄想は,本質的にこの矛盾をはらんでいる。
この「自分」は,思考する主体でないという仮定により,自分のことも含めて決して考えることができない。
ゆえに,自分を「観測する自己」だと思っているこの自分は,決して「自分」ではない。
デカルトの言葉を真似るなら,「われ思う,ゆえにわれにあらず」といったところか。

だがそもそも「観測する自己」の論理は,自分が「自分」であることを前提にしている。
自分が「自分」であるがゆえに,自分は「自分」ではない。明確な矛盾。


まぁ,ここで「本気でお馬鹿な妄想でした」と忘れられればいいのであるが,
矛盾してるほどに気に入ってしまうのがまったくmyrmecoleonたる私である。

モデルとしては間違っていない。
自分の見ている景色がすべて,その思考や感情も含めて誰かの造り物でしかないというイメージは,少なくとも自分は,無理なく想像することができる。
しかしそれが真実だとしても,そうであると自分が考えることは,常に誤っている。
この矛盾はしかし,何か重要なことを告げているように思えてしまう。

自分を読者だと思うキャラクター。自分はそれになってしまったらしい。
そういうキャラクターはどう生きればいいのだろう?
まして,それを疑う根拠はないのに,決してその思考は正しくはない。
まるでゲーデルの不完全性定理。正しい問いでありながら,決して正答の出せない問い。

いやはや,悩めば悩むほどに深く味わいの出る,スルメのような疑問である。
妙な穴にハマってしまったようだが,この穴もなかなか居心地がよい。
まぁ,もうちょい色々あったけど,先日つらつらと考えてたのは以上のようなことでしたよ,と。
以上報告。

(hollowとの関連についてはまた今度。というかネタバレ必須だし,もう少ししてからかなぁ・・・・・・)

投稿者 Myrmecoleon : 17:59 | コメント (273) | トラックバック

2005年11月02日

Fate / hollow ataraxia クリア。

 『Fate/hollow ataraxia 初回版(DVD-ROM)』 (TYPE-MOON,2005.10)

Fate/hollow ataraxia 初回版(DVD-ROM)

「・・・・・・それは「無」の意思じゃないわ。
 意思のあるカタチに同化した事で,それが自分の意志なんだと錯覚しているだけなのよ」

by "Fate / hollow ataraxia"

正確には,クリアは1日の午前1時くらいか。無事hollowをクリアいたしました。
(hollowと聞いてわかんない人注:伝奇でバカな妙なエロゲーの外伝みたいなヤツです)
ホロウパートに入るまでに消化し過ぎてて,ラストはちょいと物足りないかなー などとも思いましたが,終幕はさすがに見事ですね。なかなか見惚れました。
どうなることかと思ったものの,話としてはちゃんと解決。
ぜったい狙ってる,メタなメッセージもなかなかでした。

で,ここ二日。そのクリアのおかげでちょいと悩ましいことがある。
ひとつはゲームの状況。ラストのラストでどんでん返しもあって,結局何が起こっていたのか,いまいち消化できなくなっている。
もうひとつは古い疑念。むかし抱いた少し哲学的な疑問の問いにゲームの状況がよく似ていたことがある。ここのところは忘れていたのだが,ひさびさに思い出して,しばらく悩んでいた。
二日間は仕事もたいして忙しくないものだったので,仕事中もそのことをうつらうつら考えていたり。それで,ちょっと面白いことに気づいた。

最初,後者の古い疑念は,たまたま思い返しただけで,ゲームの物語とはあんまり関係ないかな,と思っていた。やがて昨日で後者に関しては一段落つく。なにやら答えらしきものを得て落ち着いた。
今日は前者の方の問いをうつらうつら。それで気づいた。実は思っているほど,両者はバラバラではないのではないか。

抽象的に話しているので読者はちんぷんかんぷんだろう。
しかたない。自分もいまだに頭が暴走状態で,どうも落ち着いていない。慣れないゲームなどしたせいかもしれない。
ちょっとまとめるのには時間がかかりそうだが,ちかぢかどちらの件もこの場で書きたいと思っている。
とりあえず予告まで。

しかしまた,ろくでもないことを考えたなあ,自分。
ではまた。

投稿者 Myrmecoleon : 19:55 | コメント (356) | トラックバック