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2005年05月20日
『絶滅していく言語を救うために』
クロード・アジェージュ著『絶滅していく言語を救うために』(白水社,2004.03)
「何事にも狂人が必要だ」 ―バン・イェフダ
前述したとおり,『消滅する言語』との関係で読み進めていた本。残念ながら時間がなく何章か読み飛ばしたけれど,なかなか面白かった。
『消滅する言語』が新書判であるのに対してブ厚い単行書である本書は,前者に対して具体例が豊富なところに特色がある。言語の衰退の推移,特性をもった言語の詳細な紹介,さまざまな言語の死の事例。『消滅する~』で簡単にしか触れられてなかった事象も多少詳しく書かれている。まるで触れられていなかったラテン語の衰退史や各国の言語支配状況など,なかなか興味深い事項もあった。
ただし,構成的なまとまりという点では『消滅する~』の方に軍配があがる。「言語危機」の入門書としては『消滅する言語』,さらに深めるために『絶滅していく言語を救うために』などを読んでいくとよいかもしれない。
また,本書の特徴としては以前のエントリーでも書いているように,「言語の再生」に注目している点があげられる。具体的にはヘブライ語の復活のことである。バン・イェフダ氏らによるヘブライ語復活の活動はなかなか示唆されるところがあった面白かった。「狂人」と自称するまでの彼の強い意志なしにはあの偉業はなされなかっただろう。なかなかカッコイイ。
「消えても復活できるから,言語の問題は二の次」なんて馬鹿なふうに解釈されると困り者だが,言語の復活というのは可能なのかもしれないな,とも思えた。それはあのヘブライ語の復活さえも微少に思えるほどの努力が必要な事業だろうけれど,必ずしも不可能ではないんだろうなあ,と。
言語が生き物だとしたら,一度生命が絶たれた後に再び息を吹き返した言語は,人々の熱意によって生命を与えられた新たなる生命だろう。クローンなどの問題もまた同じように見ていいのかもしれない。失われた生命と再生した生命とは,異なるものでありながら連続した個体。たとえばかつて,死んだ幼児の次の弟/妹をその生まれ変わりだと信じたことを思い返せばいい。死んだ言語をそのまま甦らせるのは不可能であっても,生まれ変わり,新たな母語として甦ることは可能なんだろう。それは,既に自らの母語を失った人々にとっての,大きな希望ではないだろうか?
と,以上が本書を読んでの感想。
借りた本だったので以下とあわせて返却。いずれも時間がなくて十分に読めなかったのが残念。
L.K.オブラー,K.ジュアロー著『言語と脳』(新曜社,2002.06)
大津由起雄ほか著『言語研究入門:生成文法を学ぶ人のために』(研究社,2002.04)
(このエントリは5/28に書きました)
投稿者 Myrmecoleon : 2005年05月20日 00:00
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